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【作品背景】アメリカン・ノワール小説の金字塔「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(ジェームズ・M・ケイン)

アメリカ文学

小説のみならず、映画やドラマにも多大な影響を与えたアメリカン・ノワール小説の先駆け。

みなさん、こんにちは。めくろひょうです。

今回は、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(ジェームズ・M・ケイン)の作品背景をご紹介します。

あらすじ

カリフォルニアの郊外。チンピラの青年フランクは、ギリシャ人・ニックが経営するドライブインに立ち寄る。フランクはそこで働くことにするが、それはニックの妻・コーラを気に入ったからだ。コーラと関係を持ったフランクは、計画を練り、自動車事故に見せかけてニックを殺すことに成功するが、敏腕検事サケットに殺人を疑われてしまう。

作品の詳細は新潮社のHPで。

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』 ジェームズ・M・ケイン、田口俊樹/訳 | 新潮社
何度も警察のお世話になっている風来坊フランク。そんな彼がふらりと飛び込んだ道路脇の安食堂は、ギリシャ人のオヤジと豊満な人妻が経営していた。ひょんなことから、そこで働くことになった彼は、人妻といい仲になる。やがて二人は結託

ジェームズ・M・ケイン

1892年、アメリカ・メリーランド州アナポリスで生まれました。父親はカレッジの校長、母親はオペラ歌手でした。母親の影響で、ケインもオペラ歌手を志していましたが、母親から声量不足を指摘されて断念します。

1910年、父親が校長を務めるカレッジで学び、アメリカが第一次世界大戦に参戦すると、軍に入隊。軍内で雑誌の編集を手掛けます。除隊後は文学修士号を取得し、父のカレッジで教師を務めました。その後はジャーナリストとして、ボルティモア・アメリカン紙、ボルティモア・サン紙、ニューヨーク・ワールド紙など、いくつかの新聞社を転々とします。

そしてジャーナリストの仕事をしながら雑誌向けの短編小説の執筆を始めます。その後ハリウッドに移り、脚本家、作家として活動し、1934年に『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を発表、ベストセラーになりました。

ケインの作品の中には、映画化されヒットしたものもありましたが、映画会社に比べ作家の利益が少ないことから、作家や脚本家の権利保護などの活動に尽力しました。

1940年代後半以降、次第に商業的な成功から遠ざかり、批評家からの評価も芳しくないものになりました。しかし、晩年まで執筆活動を続けて多くの作品を遺し、1977年、カリフォルニア州サンタモニカで亡くなりました。85歳でした。

死後、彼の作品は再評価され、アメリカ文学における重要な作家のひとりと位置づけられています。

執筆当時1930年代のアメリカ

『郵便配達は二度ベルを鳴らす』が発表された1934年は、アメリカに端を発し1929年に始まった世界恐慌のまっただ中で、経済が低迷し、社会不安が広がっていた時期です。そのような状況が本作にも色濃く反映されています。

多くのアメリカ文学作品が「アメリカン・ドリーム」をベースにした理想的なアメリカ社会を描く中で、ケインは社会の闇、犯罪や欲望、そして破滅的な結末を描きました。経済的、社会的な混乱を反映し、社会の虚構に対する批判を込めたのです。

ノワール小説(暗黒小説)

本作は「ノワール小説」(暗黒小説)の傑作と評されています。「ノワール小説」とはフランス語の「ロマン・ノワール(roman noir)」の訳語で、フランスのミステリー小説が、アメリカのハードボイルド小説の影響を受けて誕生したジャンルです。それがアメリカに逆輸入され、「ノワール小説」と呼ばれるようになりました。

一般的に登場人物はアンチヒーローで、孤独、冷酷な性格、暴力的な犯罪者として描かれます。また、腐敗した社会や堕落した人間がテーマで、悲劇的な結末を迎えることもあります。
同様に、孤独、冷酷な性格、暴力的な人物を扱うハードボイルド小説は、堕落せず自分なりの信念や正義を貫く点が、ノワール小説と異なります。ノワール小説が、絶望や人間の闇に焦点をあてるのに対し、ハードボイルド小説は、硬派な精神や問題解決に挑む信念に焦点をあてると言えるでしょう。

映画に与えた影響

ジャーナリストとして腕を磨き、脚本家としても活動していたケインの小説スタイルは「映画的」と評されることもあります。物語のテンポやキャラクターの描写は、映画のスクリーンを見ているように、ダイナミックに展開していきます。このような特徴は、文学界に対してだけでなく、親和性が高い映画界にも影響を与えました。
特に1940年代から1950年代のハリウッド映画において隆盛を誇った「フィルム・ノワール」という映画ジャンルの確立に寄与しました。その影響は、現代のサスペンスドラマや犯罪ドラマにも見られます。

本作も何度か映画化されていて、下記3作品は amazon prime video で見ることが出来ます。

1943年版(イタリア作品)
イタリアの巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督のデビュー作。舞台をイタリアに設定。ケインの許諾を得ずに映画化された違法な作品。
出演はマッシモ・ジロッティとクララ・カラマイ

1946年版(アメリカ作品)
テイ・ガーネット監督。ジョン・ガーフィールド、ラナ・ターナー主演。日本では未公開。

1981年版(アメリカ作品)
ボブ・ラフェルソン監督。ジャック・ニコルソン、ジェシカ・ラング主演

The Postman Always Rings Twice

本作の原題は『The Postman Always Rings Twice』で、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」と訳されています。しかし作中に郵便配達員は登場しません。どのようにしてこのタイトルがつけられたのかには諸説あるようです。作品執筆当時、郵便配達員は手紙を届ける(という重要な作業をする)際、家のベルを2回鳴らすことが多かったことと、作中の重要な出来事がすべて2回づつ起きていることを関連付けたとか。今一つピンと来ませんが、私はとても洒落たタイトルだと感じます。みなさんはいかがですか?

自らの欲望を満たすためだけに殺人を犯し、人妻のコーラを奪う。そして保身のためにコーラを切り捨て、他の女に手を出す。救いようのない悪党フランク。すべてを手に入れたかに見えたフランクに悲劇的な結末が…。

新潮文庫版の訳者・田口俊樹氏はあとがきで「月並みを描いて月並みとはまったく無縁なところまで行き着いてしまった物語」と本作を評しています。

発表から90年。ケインが投げかけたメッセージを、みなさんはどう受け止めますか。

以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。

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