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【作品背景】愛すること憎むこと「嵐が丘」(エミリー・ブロンテ)

イギリス文学
Image by Tim Hill from Pixabay
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激しい風が吹きすさぶイギリス・ヨークシャーの荒野。激しい風が吹きすさぶようなヒースクリフとキャサリンの愛と憎しみ。

みなさん、こんにちは。めくろひょうです。

今回は、「嵐が丘」(エミリー・ブロンテ)の作品背景をご紹介します。

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あらすじ

青年ロックウッドは、都会の喧騒を離れ、ヨークシャーの荒野に建つ「スラッシュクロス」屋敷を借りることにする。家主であるヒースクリフという男が住む「嵐が丘」屋敷を訪ねたロックウッドは、老家政婦ネリーから、「嵐が丘」のアーンショウ家と「スラッシュクロス」のリントン家を舞台にした、ヒースクリフの壮絶な人生について聞かされる。

作品の詳細は新潮文庫のHPで。

エミリー・ブロンテ、鴻巣友季子/訳 『嵐が丘』 | 新潮社
寒風吹きすさぶヨークシャーにそびえる〈嵐が丘〉の屋敷。その主人に拾われたヒースクリフは、屋敷の娘キャサリンに焦がれながら、若主人の虐待を耐え忍んできた。そんな彼にもたらされたキャサリンの結婚話。絶望に打ちひしがれて屋敷を

エミリー・ジェーン・ブロンテ

1818年、イギリス・ウエストヨークシャーのソーントンで、六人兄弟姉妹の四女として生まれました(長女と次女は幼くして亡くなりました)。妹アンが生まれた1820年頃、同じウエストヨークシャーのハワースに転居します。この地での生活が、「嵐が丘」のベースになりました。

父親は牧師で、エミリーは幼い頃から牧師館の家事を任されていたそうです。

妹のアンとは仲が良く、ふたりで詩や劇を書いたりしていました。教師をしたり、姉シャーロットとともにベルギーへ留学したりしたのち、故郷ハワースに戻りました。

パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

シャーロットはエミリー、アンとともに詩集「カラー、エリス、アクトン・ベルの詩集」を自費出版しますが、評判になることはありませんでした。

その後エミリーは「嵐が丘」の執筆に着手します。原稿完成から1年後の1847年に出版されますが、注目されることはありませんでした。

同時期に、姉シャーロット、妹アンも作品を出版。シャーロット作の「ジェーン・エア」は大反響を呼びました。

1848年9月、急死した兄の葬儀に参列した際に体調を崩してしまいますが、医者の治療を拒み、12月、30歳の若さで亡くなりました。

女性作家に対する偏見

ブロンテ姉妹が作品を発表していた時代(19世紀中頃)は、女性の社会進出がほとんど認められていませんでした。姉妹たちが生活費を稼ぐために就いていた学校教師や家庭教師は、そうした時代に女性が働ける例外的な職業でした。

女性に対する偏見は作家にも当てはまり、「女性が小説を書くなんてはしたない」という風潮の中、ジェイン・オースティンは匿名で「高慢と偏見」(1813年)を発表し、メアリー・アン・エヴァンズはジョージ・エリオットという男性名で「ミドルマーチ」(1871年)を発表しました。

ブロンテ姉妹も、男性とも女性ともとれるようなペンネームを使って作品を発表しました。

三人合作の詩集「カラー、エリス、アクトン・ベルの詩集」にあるように、姉シャーロットは著者名「カラー・ベル」で「ジェーン・エア」を、エミリーは著者名「エリス・ベル」で「嵐が丘」を、妹アンは著者名「アクトン・ベル」で「アグネス・グレイ」を出版しました。

シャーロットの「ジェーン・エア」は当時の社会的慣習に抵抗する女性像を描き出し、評判となり、「作者は男性か、女性か?」と世間の注目を集めました。

それに対し、エミリーの「嵐が丘」は、暗い復讐劇といった内容や、複雑な物語の構成などが要因となって、評価されることはありませんでした。

しかし、この要因こそが、のちに「嵐が丘」の文学的評価を高めることになったのです。

ちなみに、「嵐が丘」の著者がエミリー・ブロンテであることを明かしたのは、人気作家になっていた姉シャーロットで、それはエミリーが亡くなった後でした。

登場人物と物語の構成

この作品は、「嵐が丘」のアーンショウ家と「スラッシュクロス」のリントン家を舞台に、三世代にわたる物語が展開されていきます。決して登場人物が多いわけではないのですが、同じ名前、似たような名前が随時出てくるので、それぞれの関係を把握しておくことが、作品を読み進めていくうえでの助けになると思います。

両家の人々、ヒースクリフ、そして、この壮大な物語の語り手と聞き手を図にしましたので、参考にしてください。

複雑に絡み合う人間関係とともに、この作品をわかりにくくしているのは、物語の構成です。老家政婦ネリーが青年ロックウッドに語るという図式がベースになるのですが、エピソードの語り手が次々と変わったり、時系列通りにエピソードが並んでいなかったりします。現在では、この複雑な構成が高い評価につながっているのですが、発表当時は、複雑な構成が理解されず、評価を得られない主な原因でした。

Wuthering Heights

作品の原題Wuthering Heightsは「風が激しく吹く高台」という意味で、作品中ではアーンショウ家の屋敷を指しています。これを「嵐が丘」と訳したのは、英文学者の斎藤勇博士で、歴史的名訳と評価されています。

Image by Tim Hill from Pixabay

モデルとなったハワースの荒野を愛したエミリー。一時期を除いてハワースを離れることもなく、未婚のまま30年という短い生涯を終えた彼女が、なぜ「嵐が丘」のような壮大なスケールの愛憎劇を描けたのか。本人による作品に対するコメントは残されていません。

激しい風が吹きすさぶイギリス・ヨークシャーの荒野。激しい風が吹きすさぶようなヒースクリフとキャサリンの愛と憎しみ。若き女性作家エミリー・ブロンテの凄まじさを感じてみてください。

以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。

映像化作品​

1939年 アメリカ

監督:ウィリアム・ワイラー 主演:ローレンス・オリヴィエ マール・オベロン

第12回アカデミー賞で撮影賞(白黒作品)を受賞

嵐が丘(字幕版)
ジプシーの孤児ヒースクリフは養子として名家のアーンショー家で兄ヒンドリーと妹キャシーと共に育てられる。だが養父の死後兄に苛酷な仕打ちをうけ、キャシーの愛を誤解した彼は家出してしまう。時が流れ、ヒースクリフが紳士となって帰ってきて

1992年 イギリス

監督:ピーター・コズミンスキー 主演:ジュリエット・ビノシュ ラルフ・ファインズ

嵐が丘 (字幕版)
エミリー・ブロンテの名作『嵐が丘』5度目の映像化。 父アーンショーに拾われ、連れてこられたジプシーの子ヒースクリフは、ヒンドリー、キャシー兄妹とともに育てられ、特にキャシーとは兄妹以上に仲がよく、一緒にヒースの荒野を駆け回っていた。しかし父親が死ぬとヒンドリーは、ヒースクリフを虐待するようになる。そしてキャシーも近くの...

2011年 イギリス

監督:アンドレア・アーノルド 主演:カヤ・スコデラリオ ジェームズ・ハウソン

ワザリング・ハイツ ~嵐が丘~(字幕版)
「嵐が丘」の主人アーンショーは外出先で身寄りのない男の子を家に連れて帰ってくる。ヒースクリフと名付けられたその男の子は、アーンショー家の娘キャサリンと仲良くなっていくが……。エミリー・ブロンテの長編小説『嵐が丘』を『フィッシュ・タンク』、『アメリカン・ハニー』のアンドレア・アーノルド監督が映画化。第68回ヴェネツィア国...

おすすめHP

英国ブロンテ姉妹ゆかりの「ヨークシャー」おすすめ観光スポット

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小説「嵐が丘」や「ジェーン・エア」で知られるブロンテ姉妹が生涯を送ったのは、ヨークシャー州にあるハワースという小さな町。その核となるのはブロンテ一家が住んでいた牧師館を保存・改装したミュージアムです。また周辺にあるヨークシャーデールズ国立公園やペナインと呼ばれる山々など豊かな自然に囲まれ、中世を今に伝える城郭や寺院など...

写真で巡るイギリスの旅~『嵐が丘』の舞台、ブロンテ姉妹ゆかりの地”ハワース”~

写真で巡るイギリスの旅~『嵐が丘』の舞台、ブロンテ姉妹ゆかりの地”ハワース”~
邦題の小説『嵐が丘』(原題:Wuthering Heights)をご存知だろううか。

参考文献

親子関係からみた「嵐が丘」の一考察 宮副紀子

二項対立という視点から見る「嵐が丘」 中川右也

「嵐が丘」ゴシック小説の中のロマン主義的な要素 阿部陽子

「許されざる者」とは誰か:「嵐が丘」の神学的解釈 廣野由美子

嵐が丘における時間の意味に関する考察 岩上はる子

時代に反逆した女 吉田尚子

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