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【作品背景】白人でもなく黒人でもない「八月の光」(フォークナー)

アメリカ文学

言葉に言葉が、文章に文章が、物語に物語が、積み重なっていく。時制を超えた物語。
ノーベル文学賞受賞作家の代表作。

みなさん、今回は、「八月の光」(ウィリアム・フォークナー)の作品背景について、ご紹介します。

あらすじ

出産間近の妊婦リーナ。父親になる男は行方不明。その男を探す旅に出たリーナがたどり着いた街ジェファーソン。工場で働くバンチ、黒人の血を引く白人クリスマス、世を捨てた牧師ハイタワー。ジェファーソンの街に暮らす人々の様々な思いと苦悩が交錯する。

作品の詳細は、新潮文庫のHPで。

『八月の光』 ウィリアム・フォークナー、加島祥造/訳 | 新潮社
人種偏見に異様な情熱をもやす米国南部社会に対して反逆し、殺人と凌辱の果てに逮捕され、惨殺された黒人混血児クリスマスの悲劇。

ウィリアム・カスバート・フォークナー

1897年、アメリカ南部ミシシッピ州ニューアルバニーで生まれました。5歳の頃、家族とともに、ミシシッピ州オックスフォードに移住します。フォークナーは、生涯の大部分を、この土地で過ごしました。オックスフォードは、後に創作した架空の地「ヨクナパトーファ郡」のモデルになった場所です。南北戦争の傷跡や、人種問題と奴隷制度など、南部の伝統が色濃く残る土地で育ったことが、フォークナーの作品に多大な影響を与えることになります。

授業に興味が持てず、高校を中退。第一次世界大戦が勃発すると、イギリス軍に入隊。しかしまもなく戦争は終結し、実戦に出ないまま除隊します。ミシシッピ大学に進学したものの、中退。その後、ニューヨークで書店員を経験、一時的に滞在したニューオーリンズで、作家シャーウッド・アンダーソンと知り合い、彼の紹介で、雑誌や新聞に作品を発表するようになります。

1926年に最初の長編小説『兵士の報酬』を発表。1929年に発表した『サートリス』は、後に「ヨクナパトーファ・サーガ」と呼ばれるようになる、一連の作品群の第一作目にあたります。この頃、幼馴染の女性と結婚し、故郷オックスフォードに家を買って移り住みます。フォークナーはこの家を「ローアン・オーク」と名付け、終の住処にしました。その後、『響きと怒り』(1929年)『死の床に横たわりて』(1930年)『サンクチュアリ』(1931年)などを、次々と発表しました。

そして1932年、フォークナーが35歳のときに発表したのが『八月の光』です。複数の人物の意識を通して物語を描く実験的な手法を大胆に取り入れ、アメリカ文学におけるモダニズムの代表的作家として評価されるようになります。その後も『アブサロム、アブサロム!』(1936年)などの作品を精力的に発表しますが。高い評価は一部に留まり、生活費を稼ぐため、ハリウッド映画の脚本を手掛けるなどしました。

1946年、短篇7篇と長篇抜粋12篇を作品内年代順に収録した作品集『ポータブル・フォークナー』が出版されると、当時多くが絶版となっていた作品が脚光を浴び、アメリカ南部社会に根深く残る人種差別、宗教的狂信、それにともなう孤独の描写などが再評価されます。そして1950年、ノーベル文学賞を受賞します。

1955年8月には来日し、長野市で開催された「アメリカ文学セミナー」において、第二次世界大戦の敗戦国である日本と、南北戦争で負けた自身の故郷アメリカ南部は、似通った宿命を背負っていると述べました。この時の様子が、SBC信越放送のHPに掲載されています。興味がある方は、是非ご覧ください。

20世紀のアメリカを代表する小説家が長野に【信州の戦後80年つなぐ、つながる】ノーベル文学賞作家ウィリアム・フォークナー 長野を訪れたその目的とは? | SBC NEWS | 長野のニュース | SBC信越放送 (1ページ)
シリーズ「信州の戦後80年つなぐ、つながる」。終戦から10年後の1955年、長野市にひとりのノーベル賞作家が訪れました。ウィリアム・フォークナー。20世紀のアメリカを代表する小説家がなぜ戦後間もない長野に来た… (1ページ)

「ヨクナパトーファ・サーガ」最後の作品『自動車泥棒』を出版後の1962年7月、落馬事故により血栓症を発症、心筋梗塞で亡くなりました。64歳でした。

ヨクナパトーファ・サーガ

「ヨクナパトーファ・サーガ」とは、フォークナーが創作した架空の地域「ヨクナパトーファ郡」を舞台として描いた、一連の作品群を指します。フォークナーは、故郷であるミシシッピ州の風景や歴史をモデルに、独自の架空世界を作り上げました。その中心となる街がジェファーソンです。

フォークナーは、この土地を作品の共通舞台にするとともに、フランスの文豪・バルザックによって広められた「人物再登場法」を採用しました。登場する複数の一族の物語は、ひとつの作品だけで完結するのではなく、別の作品にも人物や出来事が描かれ、互いにつながっています。

作品ごとに主人公や物語は異なりますが、同じ土地と歴史を共有しているため、一つの巨大な年代記を読んでいるような感覚を味わえます。もちろん、サーガ作品を順番に読み進める必要はなく、それぞれの作品だけで十分楽しめます。

架空の街の物語でありながら、そこには、南北戦争の傷跡や、人種問題と奴隷制度、それにともなう貧困問題や階級間の対立など、アメリカ南部が抱えていた様々な問題が包含されています。中でも、過去の出来事が現在の人々の生き方を規定してしまうというテーマは、「ヨクナパトーファ・サーガ」作品すべてに共通しています。

代表的な作品は『サートリス』『響きと怒り』『死の床に横たわりて』『サンクチュアリ』『八月の光』『アブサロム、アブサロム!』『征服されざる人びと』『村』『墓地への侵入者』『駒さばき』『尼僧への鎮魂歌』『町』『館』『自動車泥棒』などで、『八月の光』は、禁酒法が施行されていた1932年に発表された、サーガ5作品目にあたります。

バルザックの「人物再登場法」については『ゴリオ爺さん』(バルザック)の作品背景を参照ください。

【作品背景】パリよ勝負だ「ゴリオ爺さん」(バルザック)
"All is true" (すべて真実なのだ)パリにやってきた学生ラスティニャック。彼が見た社交界の闇とは。

禁酒法

本作が発表された1932年、アメリカ合衆国では「禁酒法」が施行されていました。(1920年から1933年まで)

お酒を作ってはいけない、売ってはいけない、運んではいけない、という内容の法律です。但し、お酒を飲むことは禁じられていませんでした。

そもそも、なぜこのような法律が制定されたのでしょうか?

アメリカ建国の民である清教徒(ピューリタン)をはじめとする、宗教的な影響と言われています。また、当時アメリカで人気が高かったビールが、敵国ドイツ製だったことも一因とされています。

「グレート・ギャツビー」(フィッツジェラルド)の主人公ギャツビーも、密造酒で財を成したと疑われたりしていますね。

【作品背景】狂騒の20年代「グレートギャツビー」(フィッツジェラルド)
狂騒の20年代。ニューヨーク・ロングアイランドの大邸宅で毎夜パーティを開く富豪ギャツビー。彼は何者なのか?

アメリカ合衆国南部

アメリカ南部は、連邦政府に対し、州の権限を強く求める立場をとっていました。それが南北戦争勃発の一因ともなるわけですが、合わせて、奴隷制度を容認する姿勢も南部の特徴といえます。

18世紀以降、アフリカ大陸から多くの奴隷が労働力として連れて来られました。彼らの働きによって栽培された綿は、重要な輸出品となり、経済を支えました。

また、バイブルベルトと呼ばれるほど、キリスト教各宗派の熱心な信者が多いことも南部の特徴です。進化論を教えることが禁止されている地域もありました。

『八月の光』が出版された当時のアメリカ南部では、黒人に対する差別やリンチが現実の問題であり、人種によって人間の価値や社会的な立場が決められてしまう状況でした。

発表当時の評価は、決して高いものではありませんでした。複雑な構成や時間を行き来する手法は、難解すぎるといった批判も受けました。しかし一方で、この作品を、アメリカ南部社会における人種差別、宗教的狂信、不正義などを批判する、社会的な小説として評価する声もありました。『八月の光』は、単なる娯楽小説ではなく、社会の暗部を読者に突きつける作品として受け止められたのです。

南北戦争や奴隷制度を描いた作品の紹介記事はこちら。

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意識の流れ

米国の心理学者ウィリアム・ジェイムズが提唱した「人間の意識はイメージや観念が流れるように連なったものである」という心理学の概念を「意識の流れ」といいます。

文学における「意識の流れ」とは、登場人物の内面的な思考や感情の変化を、リアルタイムに描写する手法です。この手法は、論理的な文章を用いて登場人物の思考を読者に語り掛けるモノローグとは異なり、非論理的で、文法的な不完全さがあえて用いられることがあります。また、現在の出来事、過去の記憶、未来への期待が混ざり合い、時間の流れが直線的でないこともあります。

フォークナーはこの手法を用いて、登場人物の思考を次々に積み重ねていきます。この作品の大きな特徴といえるでしょう。

現在では、普通に用いられる手法であり、私たちにとっては読み慣れているかもしれませんが、フォークナーや、ヴァージニア・ウルフ、ジェイムズ・ジョイスなどがこの手法を用いたことは、当時非常に革新的でした。

「意識の流れ」手法によって描かれた『ダロウェイ夫人』(ヴァージニア・ウルフ)の紹介記事はこちら。

【作品背景】わずか13時間の物語「ダロウェイ夫人」(ヴァージニア・ウルフ)
1923年6月。とある一日におけるダロウェイ夫人の日常が、彼女の「意識の流れ」によって描かれていきます。印象的な鐘の音によって時の流れを感じながら、わずか13時間の物語を堪能してください。

時制を超えた物語

見た目は白人ながら、黒人の血が混じっていることに苦悩し、白人社会・黒人社会のどちらにも属することができないクリスマス。

熱心なキリスト教信者の多い地域の牧師でありながら、南北戦争で活躍した祖父の幻影に惑わされ、世捨て人として生きるハイタワー。

ふたりの意識が、現在と過去を行きつ戻りつしながら、物語が進んでいきます。

そして、重く暗い雰囲気が作品全編に漂う中、一筋の光となるリーナ。

人種差別という社会的偏見が、最終的には個人の自己認識そのものを支配してしまう。

明と暗、生と死、善と悪。様々な要素を、様々な時制の中に織り交ぜて紡がれた珠玉のストーリー。

作品に込められたフォークナーの想いを堪能してください。

以上、「八月の光」の作品背景紹介でした。ごきげんよう。

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