19世紀初頭、イギリスの片田舎を舞台に、誤解と偏見から起こる恋のすれ違いを描いた恋愛小説。リアルな人物描写と軽妙なストーリー展開で、近代イギリス長編小説の頂点とも評されるジェイン・オースティンの代表作。
みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「高慢と偏見」(ジェイン・オースティン)の作品背景をご紹介します。
あらすじ
イギリスの片田舎ロンボーン。ベネット家五人姉妹の次女エリザベスは、近所に引っ越してきた資産家ピングリーの友人ダーシーの傲慢な態度に反感を抱く。しかし、徐々にお互いを理解し気になる存在になりはじめるふたり。古い慣習に縛られた周囲の人たちを巻き込み、お互いの誤解と偏見に邪魔されながらも進展していく、ふたりの恋の行方は。
作品の詳細は、光文社古典新訳文庫のHPで。
ジェイン・オースティン
1775年、イギリス・ハンプシャー州スティーヴントンで生まれました。父親は牧師で、上層中産階級8人兄弟という環境で育ちました。特に姉カサンドラとは仲が良く、生涯の多くをともに過ごしました。
1785年、ジェインは寄宿制の女子修道院学校に進学します。牧師であった父親は、当時は珍しかった女子教育を受けさせました。そこで多くの文学作品に触れる機会を得たジェインは、小説を書き始めます。しかしこの頃に書いた作品は、家族や友人に読み聞かせ楽しませるためのものだったようです。
20歳を過ぎた頃には、後に代表作となる「分別と多感」「高慢と偏見」の原型を書き始めました。
1801年、父親は牧師の職を辞し、家族はバースへ転居します。当時のバースは国内有数の娯楽社交の場所として栄えていましたが、その賑やかさは、ジェインのお気に召さなかったようです。ジェインが暮らした家は現存していて、その近くにはジェイン・オースティン・センターがあります。
1805年に父親が亡くなった後は、何度か転居し、1809年、兄エドワードの勧めでハンプシャー州チョートンに落ち着きます。この時暮らしていた家は、現在オースティン記念館として一般に公開されています。
チョートン移住後本格的な執筆活動に着手したジェインは、1811年「分別と多感」を、1813年には「高慢と偏見」を出版しました。これらの作品は評判になりましたが、著者匿名で発表されたため、ジェイン・オースティンという名前が知られることはありませんでした。
派手なエピソードが残っていないジェインですが、1815年「エマ」の出版直前に、摂政王太子ジョージ(のちのイギリス国王ジョージ4世)がジェインの作品の愛読者であることがわかり、製本された「エマ」がジョージに献呈されたということがあったそうです。
その後、「説得」を書き上げると、体調不良に見舞われ、療養のためハンプシャーのウィンチェスターへ移りますが、1817年に亡くなり、ウィンチェスター大聖堂に葬られました。41歳でした。
作品執筆時の社会的背景
ジェインが作品を執筆・出版していた19世紀初頭。ヨーロッパではナポレオン戦争が勃発し、ヨーロッパ大陸の国々はもちろん、イギリスも多大な影響を受けていたはずです。また、18世紀後半の起こった第一次産業革命により、都市部での工業化が進み、人々の生活様式や価値観が変化していった時代でもあります。しかし、「高慢と偏見」をはじめとする彼女の作品群には、戦争、政治的な要素、近代工業に触れるシーンはほとんどなく、のんびりと時間が過ぎていく、田舎の上流階級(地主階級)の様子が淡々と描かれています。
当時のイギリス階級社会において、上流階級にはふたつの階級がありました。ひとつは爵位の持った貴族階級、もうひとつは爵位を持たない地主階級です。さらに地主階級の中には、血筋や財産の額などによって、序列がありました。
本作品に出てくる地主階級の年間収入を確認してみましょう。
ダーシー家・・・年収10,000ポンド
ピングリー家・・・年収5,000ポンド
ベネット家・・・年収2,000ポンド
さらにダーシー家は、古い家柄であり、伯爵家と親戚関係にあるなど、ベネット家とは、収入の差とともに、いわゆる「格」の差があったと思われます。
エリザベスとダーシーの関係が、ふたりの想いだけでは簡単にいかないことが理解できると思います。
女性の結婚と社会的地位
近代化が進んでいましたが、依然として貴族をはじめとする上流階級が支配的であり、男性が女性よりも優位でした。
上流階級においては、財産の大部分は長男が相続することになっていました。したがって、次男以降の息子や娘は財産を相続することが出来ませんでした。
また、結婚相手は、家柄や財産などの社会的地位によって選ばれました。当時の女性は、こうした理不尽な慣習に従うことが求められたのです。
と同時に、女性が自立できる職業はほとんどなく、唯一の社会的地位向上の機会は結婚であり、いかにして裕福な家に嫁ぐかが、人生を左右する切実な問題だったのです。
作品の特徴と評価
「高慢と偏見」をはじめとするジェインの長編作品群は、すべて舞台が田舎であり、名家の娘を主人公とした恋愛物語です。ジェイン自身が「田舎の村の三つか四つの家族が小説の題材として最適なのです」と書き残しているように、作品の舞台はかなり狭い範囲に限られています。しかしそこで描かれている人物たちは皆生き生きとリアルに描写されていて、作家サマセット・モームは「大した事件が起こるわけでもないのにページをめくる手が止まらなくなる」と評価し、「世界の十大小説」に選出しています。
イギリスに留学した際にジェイン・オースティンに触れた夏目漱石は、帰国後に東京帝国大学でおこなった講義をまとめた「文学論」で、「Jane Austenは写実の泰斗なり。平凡にして活躍せる文字を草して技神に入る」と絶賛しています。
同じくイギリスの地方を舞台に描かれながら全く趣の違うラブストーリー「嵐が丘」(エミリー・ブロンテ)の作品背景はこちら
2013年7月から10ポンド札の裏面にジェインの肖像が使われています。但し、肖像と一緒に印刷された「高慢と偏見」の一節は物議を醸したようです。
自負と偏見
この作品の原題は「Pride and Prejudice」
「高慢と偏見」と訳されているケースが多いですが「自負と偏見」と訳されているものも見掛けます。
ジェイン・オースティン研究者の大島一彦氏は著書(参考文献参照)の中で、「自負と偏見」と訳すほうがいいのではないかと述べています。
理由としては、
・高慢(ダーシー)vs偏見(エリザベス)のような対立的な見え方になってしまう
・自負と偏見は不可分でありエリザベスにもダーシーにも(他の登場人物にも)ある
どちらがしっくりきますか?
急速に近代化が進んでいたとはいえ、19世紀初頭のイギリスには、まだまだ古い慣習が残っていて、特に女性にとっては生きづらい時代でした。
本作の主人公エリザベスは、そのような時代に模範的とされた女性像からかけ離れたキャラクターです。自分自身の価値観を持ち、自分自身の意志を主張し、自分自身で結婚相手を選ぼうとします。
ほのぼのとした作品の中に著者ジェインが込めた思い。エリザベスの目を通して感じてみてください。
以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。
映像化作品
「プライドと偏見」2005年 イギリス
監督:ジョー・ライト
主演:キーラ・ナイトレイ マシュー・マクファディン
「高慢と偏見」1995年 イギリスBBC制作 TVドラマ
監督:サイモン・ラングストン
主演:ジェニファー・イーリー コリン・ファース
生涯独身だったジェイン・オースティン 若き日の淡い恋を描いた伝記ラブストーリー
「ジェイン・オースティン 秘められた恋」2007年 イギリス
監督:ジュリアン・ジャロルド
主演:アン・ハサウェイ
「高慢と偏見」にインスパイアされたベストセラー小説を映画化 映画も大ヒット
「ブリジット・ジョーンズの日記」2001年 イギリス・アメリカ・フランス
監督:シャロン・マグワイア
主演: レネー・ゼルウィガー コリン・ファース ヒュー・グラント
参考文献
大島一彦『ジェイン・オースティン 「世界一平凡な大作家」の肖像』中公新書
新井潤美 『自負と偏見のイギリス文化 J・オースティンの世界』岩波新書
NHK 100分de名著 ジェイン・オースティン『高慢と偏見』
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