【作品背景】名誉は若いうちから大切に「大尉の娘」(プーシキン)

ロシア文学
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若い男女の前に立ち塞がる様々な困難。時には温かく、時には冷たく接する大人たち。大規模な農民反乱に巻き込まれていくふたりを、シリアスに、そしてコミカルに描く、ロシア文学の父・プーシキンによる散文小説の傑作。

みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は「大尉の娘」(プーシキン)の作品背景をご紹介します。

あらすじ

大都会ペテルブルグでの近衛兵任官を志望していた青年グリニョーフ。しかし父の意向で僻地の要塞勤務になってしまう。老従僕サヴェーリイチとともに任地へ向かうが、世間知らずのグリニョーフは、様々な困難に見舞われる。要塞の指揮官ミローノフ大尉の娘マリヤとの恋。国を揺るがす反乱軍の首謀者プガチョーフとの不思議な関係。大きな歴史のうねりに巻き込まれたグリニョーフとマリヤの恋の行方は。

作品の詳細は光文社古典新訳文庫のHPで。

大尉の娘 - 光文社古典新訳文庫
歴史的事件に巻き込まれる青年貴族の愛と冒険 作品

アレクサンドル・セルゲーヴィチ・プーシキン

1799年、モスクワで生まれました。父親は地主貴族でした。母親の曾祖父アブラム・ガンニバルは、エチオピアから連れてこられた黒人でしたが、ピョートル1世に重用され、軍人として出世を遂げました。プーシキンはこの曾祖父を敬愛し、後に「ピョートル大帝の黒奴」という作品を執筆しています。

1811年、ペテルブルク郊外のツァールスコエ・セロー(現在はプーシキンと呼ばれる)にあった貴族学校に入学します。将来を担う若き貴族のための学校でした。在学中の公開試験で朗読した自作の詩「ツァールスコエ・セローの思い出」が、詩人デルジャーヴィンに絶賛され、才能が認められました。

卒業後は役所に勤務しますが、様々な文学サークルに所属し、詩を中心に作品を発表しました。しかし、詩の内容が、専制政治や農奴制を批判するような政治的色合いを帯びるようになり、1820年、政府によってキシニョフ(現在のウクライナ・キシナウ)へ送られてしまいました。しかし、キシニョフで過ごす間に、ロマン主義的な作風を得ることになりました。

1825年、ペテルブルクでデカブリストの乱(自由主義を求める青年将校の反乱)が起こります。デカブリストに対するプーシキンの影響力を恐れた政府は、作品の検閲など警戒を強めました。そうした窮屈な生活の中にありながら、「ベールキン物語」「エヴゲーニイ・オネーギン」といった代表作を発表していきます。

1831年、2度にわたるプロポーズの末、一目惚れしたナターリヤと結婚。長女マリアは、「アンナ・カレーニナ」のモデルといわれていいます。

歴史への興味を深めていたプーシキンは、古文書局への出入りを許され、資料の収集にあたります。そうした作業の中で彼の興味を引き付けたのが、「大尉の娘」の骨格となるプガチョーフの反乱でした。小説「大尉の娘」の構想を練りながら、並行して「プガチョーフ反乱史」の執筆を続けました。

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その後、低ランクの官位を与えられ、宮廷への出入りするようになりますが、そこで美人妻ナターリヤに言い寄ったフランス人士官ダンテスと険悪になり、1837年、ペテルブルグ郊外でふたりは決闘。プーシキンは負傷し、決闘の2日後に亡くなりました。37歳でした。

エメリヤン・プガチョーフの反乱

「大尉の娘」に登場する重要な人物のひとり、プガチョーフは、実在の人物です。
彼は、農奴制の強化を進めるエカテリーナ2世の政治に不満を持ち、各地のコサックに合流を呼びかけました。その後、農民をはじめ、プガチョーフの考えに賛同した人々が続々と参加し、ロシア史上最大といわれるほどの農民反乱に拡大していきました。序盤は各地で政府軍を撃破していた反乱軍ですが、態勢を整えた政府軍に対し劣勢となり、蜂起から2年後の1877年、プガチョーフは捕らえられ、処刑されました。

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この反乱に興味をいだいたプーシキンは、様々な資料に目を通すに留まらず、実際に反乱が起きた場所を訪ね、現地を取材したそうです。その成果が、研究論文「プガチョーフ反乱史」であり、並行して執筆を進めていた小説が「大尉の娘」なのです。
したがって、「大尉の娘」はフィクションでありながら、反乱当時の社会や人間の様子を描いた歴史資料とも言えます。

国民的作家プーシキン

プーシキンの作品は、古典的な詩からロマン主義的な詩、韻文や散文、自然主義的な小説や歴史をふまえた戯曲と、様々なジャンルにわたっています。
さらに、それまで使われていた古典的な文章に、人々が実際に口にしている言葉を加え、近代ロシア語を確立したともいわれています。

また、人間の苦悩・社会の在り方・義務と権利など、彼が取り上げた作品のテーマは、トルストイやドストエフスキーなど、後に登場するロシアの文豪たちに大きな影響を与えました。

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彼の作品は、現在のロシア人が話したり書いたりしている言葉で書かれているそうです(残念ながら私は原典を読めないのですが)。だからこそ、今もロシアにおいて、プーシキンが息づいているのですね。
彼の誕生日6月6日は「ロシア語の日」とされています。

名誉は若いうちから大切に

世間知らずのおぼっちゃまグリニョーフ、おとなしいけれど芯の強い少女マリヤ。ふたりをそれぞれの立場から見守る、厳粛な父とミローノフ大尉。どぼけた態度ながらグリニョーフに忠義を尽くす老従僕サヴェーリイチ。
ロシアを揺るがす反乱の首謀者プガチョーフと女帝エカテリーナ二世が、若いふたりの恋の行方の鍵を握る。
父親から教えられた「名誉」を判断基準に、グリニョーフとマリヤが、たくましく成長していく姿を、見守ってあげてください。

以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。

光文社古典新訳文庫のHPに訳者・坂庭淳史の対談が掲載されています。

〈あとがきのあとがき〉17歳の「僕」を大人にした愛と名誉を貫く大冒険──『大尉の娘』訳者・坂庭淳史さんに聞く
今なおロシア国民から愛される作家プーシキン(1799-1837)の晩年の傑作、『大尉の娘』を訳された坂庭淳史さんにお話を伺いました。

プーシキン、ナターリア、ダンテスの三角関係を描いた漫画
「ブロンズの天使」(さいとうちほ)

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