【作品背景】“To be or not to be”「ハムレット」(シェイクスピア)

イギリス文学
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To be, or not to be, that is the question. 数々の名セリフを残したシェイクスピア悲劇の代表作。

みなさん、こんにちは。めくろひょうです。

今回は、「ハムレット」(シェイクスピア)の作品背景をご紹介します。

あらすじ​

デンマーク王が急死。王の弟は兄嫁である王妃を娶り後継者に。城内に現れた王の亡霊に「現王である弟に毒殺された」と告げられた王子ハムレットは、固く復讐を誓い、狂気をよそおって時を待つが。

作品の詳細は、新潮社のHPで。

ウィリアム・シェイクスピア、福田恆存/訳 『ハムレット』 | 新潮社
城に現われた父王の亡霊から、その死因が叔父の計略によるものであるという事実を告げられたデンマークの王子ハムレットは、固い復讐を誓う。道徳的で内向的な彼は、日夜狂気を装い懐疑の憂悶に悩みつつ、ついに復讐を遂げるが自らも毒刃

ウィリアム・シェイクスピア

1564年にイングランドのストラトフォード・アポン・エイヴォンで生まれました。父親は商人として成功した人物で、裕福な家庭環境で育ちます。

幼年期の生活については正確な記録が残っておらず、高等教育を受けたかどうかもわかっていません。

1582年18歳の時に年上の女性アン・ハサウェイと結婚します。その後ロンドンの表舞台に登場するまでの期間、どこで何をしていたのかは不明で、研究者の間では「失われた年月」(The Lost Years)と呼ばれています。

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1592年頃までにはロンドンに移り、演劇に関わるようになっていました。

当時はエリザベス1世の治世(1558年~1603年)で、イギリス・ルネサンス演劇は、大いに人気を博し、数多くの劇団が設立され、劇場が建てられました。そうした活況の中、シェイクスピアは俳優として活動し、次第に脚本を手掛けるようになっていきます。また、劇団および劇場グローブ座の共同所有者にもなっていました。

当時の劇団は、貴族などのパトロンから資金提供を受けて活動することが主流でした。シェイクスピアが属していた劇団は、宮内大臣がパトロンだったため、宮内大臣一座と呼ばれていました。

史劇・悲劇・喜劇。現在でも世界中で上演されている数多くの作品を、この時期に次々と書き上げます。

1603年、エリザベス1世が死去してジェームズ1世が即位すると、新国王はシェイクスピア劇団のパトロンとなり、シェイクスピアの劇団は、国王一座と称されました。いかにシェイクスピアの人気が高かったかわかりますね。

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1613年頃、シェイクスピアは引退し、故郷ストラトフォードに戻ります。そして1616年52歳で亡くなり、ホーリー・トリニティ教会に埋葬されました。

エリザベス1世の時代

イングランドとアイルランドの女王であったエリザベス1世(在位:1558年~1603年)。彼女が統治した時代は、イングランドの黄金期と言われています。

エリザベス1世 パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

当時世界最強と謳われたスペインの無敵艦隊を破り、国内ではプロテスタントとカトリックの対立を終息させました。

これによって国力は充実し、イギリス・ルネサンスの最盛期といわれるほど芸術分野も花開きました。その中心となったのが、シェイクスピアをはじめ多彩な才能をもった人物たちが活躍したイギリス・ルネサンス演劇なのです。

アムレート伝説

「ハムレット」は北欧の伝説にヒントを得て書かれた作品です。

もとになった話は、中世デンマークの歴史家サクソ・グラマティクスによって記された「デンマーク人の事績」にあるアムレートの伝説といわれています。

Photo by Luca Dugaro on Unsplash

お気づきの通り、アムレートAmlethはハムレットHamletです。アムレートは、叔父に父を殺され、母を奪われます。狂気をよそおって相手を油断させ、叔父への復讐を企てます。ハムレットのストーリーそのままですね。

シェイクスピアは、そのストーリーに人間の悪意や苦悩そして悲恋を盛り込んで、数々の名セリフを生み出した傑作戯曲に組み立て直したのです。

ハムレット3つの版

ハムレットにはいくつかの異なる版が残っています。主に利用(出版や上演)されているものは3種類あります。

四折版(quatro)のQ1とQ2、二折版(folio)のF1です。

※四折版は現在のB6サイズ・二折版は現在のB5サイズくらい

Q1(1603年頃・約2150行)

役者の記憶たどって書き起こされたもので、長い間海賊版とされていたが、現在ではこれこそが原型ではないか、と考える研究者も。

(光文社古典新訳文庫「ハムレット」訳・安西徹雄はこのQ1)

Q2(1604年頃・約3700行)シェイクスピアの戯曲中最長

シェイクスピア自身によって書かれたものをベースにしたとされている。但し、これをもとに演じると4時間以上かかってしまい、脚本としてではなく、文学作品として書かれたのでは、と考える研究者も。

(新潮文庫「ハムレット」訳・福田恆存はこのQ2)

F1(1623年頃・Q2の230行を削り、80行追加)

シェイクスピア死後に発表された全集に収録されたもの。Q2を加筆修正したもので、実際に舞台で使われていた脚本に最も近いのでは、と考える研究者も。

(角川文庫「新訳ハムレット」訳・河合祥一郎はこのF1)

エピソード採用の有無や、幕(場面)の順番違いなど、様々な相違点があり、いまだに研究が続けられています。

当時、印刷技術は進歩していたものの、出版システムが確立しておらず、また著作権という概念もまだまだ大衆に理解されるには至っていませんでした。さらに舞台台本は生き物であり、演出家や役者によって改変されることがしばしば。

そもそも、シェイクスピア自身の手による原書が特定できていないという事情もあるようです。

400年の時を超えるシェイクスピア作品

シェイクスピアは、20年にわたる執筆活動期に、37作品の戯曲を残しました(作品数には諸説あるようです)。

初期の史劇。四大悲劇と呼ばれる「ハムレット」「マクベス」「オセロ」「リア王」。大衆にも馴染みやすいテーマで描かれた「ヴェニスの商人」「お気に召すまま」「十二夜」といった喜劇。そして恋愛悲劇「ロミオとジュリエット」。

また「ソネット集」(ソネットとは14行で書かれた詩)は、イギリス最高の詩編のひとつとして評価されています。

彼の遺した作品群は、文学的価値はもちろんのこと、初期近代英語を研究するにあたっての貴重な資料にもなっています。

シェイクスピアが活躍した時代、日本は関ヶ原の戦い~江戸幕府初期の頃です。

(シェイクスピアが生まれた頃、徳川家康は20歳くらい。ふたりが亡くなったのは、同じ1616年。)

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400年の時を超えて、シェイクスピアの作品は世界中の書店に並んでいますし、世界中で上演されています。

中でも「ハムレット」は、数々の名セリフとともに、人々を魅了してきました。

父親を殺され、母親を奪われ、最愛の女性との関係にも苦悩するハムレット。その魅力を是非味わってみてください。

以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。

映像化作品

舞台での上演だけでなく、映画化された作品も多数あります。いくつかご紹介します。

「ハムレット」

1948年イギリス作品

監督:主演ローレンス・オリヴィエ

「ハムレット」の世界観を重厚に描いたモノクロ作品。不朽の名作と言われ、第21回アカデミー賞にて作品賞・主演男優賞・美術監督賞・衣装デザイン賞の4部門受賞。ハリウッド映画以外で初めて作品賞を受賞。

AmazonPrimeVideoで視聴可能)

「恋におちたシェイクスピア」(AmazonPrimeVideoで視聴可能)

1998年アメリカ作品

監督:ジョン・マッデン 主演:ジョセフ・ファインズ

「ハムレット」の映画化作品ではなく、シェイクスピアその人に焦点をあてた作品です。当時のロンドンの様子が、シェイクスピアのバイタリティとともに伝わってきます。

「ロミオとジュリエット」上演の準備を進めているシェイクスピアの恋を描いた作品。第71回アカデミー賞にて作品賞・脚本賞・主演女優賞・助演女優賞・音楽賞・美術賞・衣装デザイン賞の7部門受賞。

AmazonPrimeVideoで視聴可能)

参考文献

境界の身体―近代初期ヨーロッパとシェイクスピア演劇の場所― 本橋哲也(東京経済大学)

TIME IN SHAKESPEARE’S PLAYS : HOW OLD IS HAMLET? 小田島雄志

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