【作品背景】“二重人格”の代名詞「ジーキル博士とハイド氏」(スティーヴンソン)

イギリス文学
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みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「ジーキル博士とハイド氏」(スティーヴンソン)の作品背景をご紹介します。

あらすじ

医学・法学の研究者であるジーキル博士。彼は友人である弁護士アタスンに遺言書を預けるが、そこには「全財産をハイド氏に贈る」と書かれていた。老紳士が惨殺される事件が起こり、目撃された犯人はハイド氏だった。醜悪な容貌で暴力をふるう男ハイド氏とはいったい何者なのか。ジーキル博士との関係は。ジーキルとアタスンの共通の友人である医者ラニョンが死の間際に遺した手記から、ジーキル博士とハイド氏、ふたりの関係が明らかになる。

作品の詳細は、新潮社のHPで。

ロバート・L・スティーヴンソン、田口俊樹/訳 『ジキルとハイド』 | 新潮社
ロンドンの高名な紳士、ジキル博士の家にある時からハイドという男が出入りし始めた。彼は肌の青白い小男で不愉快な笑みをたたえ、人にかつてない嫌悪、さらには恐怖を抱かせるうえ、ついに殺人事件まで起こしてしまう。しかし、実はジキ

ロバート・ルイス・スティーヴンソン

1850年、スコットランドのエジンバラで生まれました。父親が土木技術者だったこともあり、エジンバラ大学の土木工学科に進学します。しかし学業半ばで法学科に移り、1875年、弁護士の資格を得ます。生まれつき病弱で、療養のために、世界各地を移り住みました。

ジャーナリストと知り合ったことをきっかけに、1877年から雑誌に「新アラビア夜話」の連載をスタートします。その頃、後に妻となる10歳年上で既婚者のアメリカ人女性ファニー・オズボーンとパリで知り合います。彼女の離婚が成立後、サンフランシスコで結婚。ふたりの連れ子とともに、スコットランドに戻り、本格的に執筆活動に入ります。

紀行文やエッセイを出版した後、1883年、初の長編小説「宝島」を出版。一躍人気作家となりました。3年後、「ジーキル博士とハイド氏」を出版。

1887年父親が亡くなると、再びサンフランシスコに渡ります。その後、南太平洋の島々が療養に良いのではと判断し、南太平洋のマルキーズ諸島・トゥアモトゥ諸島・ギルバート諸島を訪れます。1889年にハワイ諸島を訪問した際には、当時の国王・カラカウア王と親交を深めました。

カラカウア王はハワイの近代化に尽力した人物で、外交関係の改善を目指し、世界各国を巡りました。日本にも立ち寄り、明治天皇と会見しました。史上初の日本を訪れた外国の国家元首とされています。

1890年サモア諸島のウポル島に居を定め、その島で生涯を終えました。彼は島の住民から「トゥシターラ(語り部)」と呼ばれる人気者だったそうです。卓越したストーリーテラーであるとともに、外国人でありながら島の社会に溶け込んだ彼の人柄が感じられるエピソードですね。

スティーヴンソンはウポル島のバエア山頂に葬られ、生前暮らしていた家は「ロバート・ルイス・スティーヴンソン博物館」になっています。

ネタバレ済みの推理小説?

本記事のタイトルに「二重人格の代名詞」と記載しましたが、これは明らかにネタバレですよね。私自身も特に意識せずにいたのですが、それは既に大多数の人が「ジーキル博士とハイド氏が同一人物である」ことを知っていることが前提になっています。

ですが、スティーヴンソンがこの作品を発表した当時は、当然のことながら、ジーキル博士とハイド氏が同一人物だとは知られていず、読者は読み進めていくうちに、衝撃の事実に向き合うことになったのです。

1880年のポスター。ラニョンの前でハイドからジキルへ変身する場面 パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

私たち後世の読者は、もっとも面白い部分がネタバレしている状態で、作品を読み始めなければならないのです。

ジーキル博士のモデルといわれている人物

ジーキル博士のモデルになったのではといわれている人物がふたりいます。

ひとりはエジンバラの石工ギルド組合長ウィリアム・ブロディー。
彼は実業家でしたが、夜になると盗賊として活動していました。18年にわたり盗みをはたらき、捕縛後は処刑されました。スティーヴンソンは、この事件をもとに、戯曲「組合長ブロディーもしくは二重生活」(ウィリアム・ヘンリーとの共著)を書きました。この作品は1884年にロンドンで上演されています。「ジーキル博士とハイド氏」発表の2年前のことです。

もうひとりは、外科医・解剖学者のジョン・ハンター。
高名な医者でありながら、夜は解剖の研究に使う遺体を調達するために墓荒しをしたといわれています。また表通りに面した医院の建物が裏通りにも面していて、そこから遺体を運び込んでいました。ジーキル博士の家と同じような構造ですね。

映画版「ジーキル博士とハイド氏」

人気作品とあって、何度も映画化・ドラマ化されていますが、ここではルーベン・マムーリアン監督の作品(1932年アメリカ)を紹介します。
紳士であるジーキル博士と、特殊メイクを駆使した醜悪な男ハイドの二役を演じた主演のフレドリック・マーチは、アカデミー賞主演男優賞を獲得しました。
ホラー映画の主演がアカデミー賞を受賞することは、この後60年間ありませんでした。
ちなみに60年後に受賞したのは、みなさんもご存知の「羊たちの沈黙」でレクター博士を演じたアンソニー・ホプキンスです。

ジキルとハイドは善と悪?

出版されてから130年以上たっている現在においてもなお、「ジーキル博士とハイド氏」やもうひとつの代表作である「宝島」は、原書はもちろんのこと、子供向けにアレンジされたバージョンなどが、世界各国で広く読み継がれています。
卓越したストーリーテラーだったスティーヴンソンが「ジーキル博士とハイド氏」で描こうとしたのは、いわゆる「二重人格」ではなく、人間の心に潜む「善と悪」の葛藤だったのかも知れませんね。

以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。

スティーヴンソンの生涯に興味のある方におすすめ。

参考文献

分身物語考「ジーキル博士とハイド氏」再読 杉山洋子(関西学院大学)

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