記事内に広告が含まれています

【作品背景】そこは約束の地だったのか「怒りの葡萄」(スタインベック)

アメリカ文学

1930年代アメリカ。世界恐慌と砂嵐。故郷を追われた農民一家は、約束の地・カリフォルニアを目指す。ピューリッツァー賞受賞作にして、ノーベル文学賞受賞作家の代表作。

みなさん、こんにちは。今回は「怒りの葡萄」の作品背景を紹介します。

あらすじ

オクラホマ州で農業を営むジョード家。砂嵐によって農地を失った一家は、故郷を離れ、仕事があるというカリフォルニアに向かう。ルート66を通りアリゾナ砂漠・ロッキー山脈を越えてカリフォルニアにたどり着いたジョード一家が目にしたものは。

作品の詳細は、新潮社文庫のHPを参照してください。

『怒りの葡萄〔上〕』 ジョン・スタインベック、伏見威蕃/訳 | 新潮社
米国オクラホマ州を激しい砂嵐が襲い、先祖が血と汗で開拓した農地は耕作不可能となった。大銀行に土地を奪われた農民たちは、トラックに家財を積み、故郷を捨てて、“乳と蜜が流れる”新天地カリフォルニアを目指したが……。ジョード一

ジョン・アーンスト・スタインベック

1902年、アメリカ・カリフォルニア州サリナスで生まれました。父は公務員、母は教師という、中流家庭で、幼少期から、豊かな自然に恵まれた環境で育ちました。特にサリナス渓谷周辺の農地や労働者階級の生活は、スタインベック文学の背景として、繰り返し登場することになります。

1920年、スタンフォード大学に進学しますが、授業を受けず、牧場や工場で様々な労働を経験しました。1925年、学位を取得せずに大学を退学。様々な仕事に従事しながら、作品の執筆を始めます。

1930年に結婚、しかし世界恐慌の影響で経済的に困窮します。スタインベックは、妻とともに父親が提供してくれた家に移り住み、自給自足に近い環境で暮らします。作品の執筆は続けますが、評価を得ることはありませんでした。

1937年、大恐慌によるアメリカ社会の混乱をテーマに、農業従事者や移民の厳しい現実を描いた『二十日鼠と人間』で注目を集めます。そして1939年に発表した『怒りの葡萄』は、ピューリッツァー賞を受賞します。この作品は『風と共に去りぬ』の次に売れた、社会的反響の大きさは『アンクル・トムの小屋』以来、などと評価されました。また、ヘンリー・フォンダ主演で映画化され、アカデミー賞(監督賞・助演女優賞)を獲得しました。これによって、スタインベックは国際的な作家としての地位を獲得しました。

第二次世界大戦中、ニューヨークに転居し、作品を発表し続けます。1952年に発表した大長編『エデンの東』は、ジェームズ・ディーン主演で映画化され、大ヒットを記録しました。1962年には「思いやりあるユーモアと社会認識にすぐれ、現実的であると同時に空想的でもあるその著作」に対して、ノーベル文学賞を贈られます。そして1968年12月、66歳で亡くなりました。

ダストボウルとアメリカ中西部農業の崩壊

物語が動き出すきっかけとなったのが、ダストボウルと呼ばれる砂嵐です。このダストボウルは、1930年代に、アメリカ中西部で頻繁に発生しました。

ダストボウルの発生源となったアメリカ中西部は、もともと大草原でした。そこに白人が入植し、草原を耕地に変えてしまいました。その結果、土が地表に露出することになり、強い陽射しと強い風によって、土ぼこりが舞い上がる現象を引き起こしたのです。

したがって、このダストボウルは、自然現象による天災ではなく、人災とされています。

折しも世界恐慌の真っ只中で、そもそも経済が疲弊している状態に、このダストボウルが追い打ちをかけるかたちになり、グレートプレーンズと呼ばれる中西部(テキサス州・アーカンソー州・オクラホマ州など)の農業に壊滅的な打撃を与えました。

この作品スタートの舞台となるオクラホマ州からは数十万人がカリフォルニア州などの西部に移住したと言われています。

彼らは「オーキー」と呼ばれ、現在でも軽蔑的なニュアンスをもって使われているとか。

資本家と労働者

この作品は、大恐慌期の貧困や経済格差、農業労働者の厳しい現実といった、当時の社会背景を克明に描いたものであり、出版するやいなやベストセラーになると同時に、全米に論争を巻き起こしました。

つまり、搾取される側である労働者からは真実だと擁護され、搾取する側である資本家からはデタラメだと非難されたのです。特に作品の舞台となったオクラホマ州とカリフォルニア州において非難する声が多かったと言われています。

また、多くの図書館で『怒りの葡萄』が禁書扱いになりました。こうした状況を受け、1948年にアメリカ図書館協会は「図書館の権利宣言」を採択します。これは、図書館利用者の「知る権利」や「情報への自由なアクセス」を保障するための宣言です。

怒りの葡萄

本作のタイトル『怒りの葡萄(The Grapes of Wrath)』は、『ヨハネの黙示録』に由来すると言われています。「葡萄」は、神の怒りによって踏み潰される「不誠実な人間」のことを意味すると解釈されているようです。と同時に「葡萄」は、農民と土地の結びつき、将来の収穫に対する希望を象徴してもいます。「怒り」は文字通り、社会構造的な貧困にあえぐ人々の不満や怒りを象徴しています。

不誠実に対する神の怒り、不当に抑圧された人々の怒り、農民にとっての土地の重要性や未来への希望を象徴する葡萄。こうした要素を踏まえて、『怒りの葡萄』というタイトルがつけられたと、私は解釈しました。もちろんスタインベックの「怒り」も内包されているでしょうが。

約束の地

この作品は、著者スタインベックの考えと、主人公トムの物語が、交互に織り込まれています。奇数章は、スタインベックの詳細な取材に基づくルポルタージュで、偶数章は、トムを中心としたジョード一家の物語です。この作品は、小説という位置付けに留まらず、社会に対するスタインベックの意見書でもあります。

白地図専門店のフリー素材を元に投稿者作成

不誠実な人々に対する神の怒りを描いた、旧訳聖書「出エジプト記」に基づく設定。

説教師ケーシーの理想。それを行動で示すトム。利己的な地主や警官。大地のように家族を支えるジョード家の母親。

故郷オクラホマを追われ、アメリカ横断の大動脈とも言える「ルート66」を辿って行くトムと家族たち。旅の終着点・カリフォルニアは、果たして「約束の地」だったのか。

読んでいると、カリフォルニアの大地に放り込まれ、喉が渇いてしまう。圧倒的なスタインベックの表現力を堪能してください。

以上、「怒りの葡萄」の作品背景紹介でした。ごきげんよう。

作品出版の翌年、監督ジョン・フォード・主演ヘンリー・フォンダによって早くも映画化され、アカデミー賞を受賞しています。(監督賞および助演女優賞)

コメント