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みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「車輪の下」(ヘッセ)の作品背景をご紹介します。
あらすじ
ドイツの小さな街。秀才の呼び声高い少年ハンスは、周囲の期待を背負って猛勉強。超難関の試験を突破し、神学校に合格。しかし学校での生活は厳しい規則でがんじがらめ。自然を愛し、釣りが大好きなハンスの心は徐々に蝕まれていく。
ノーベル文学賞受賞作家ヘッセの自伝的小説。
作品の詳細は、新潮社のHPで。

ヘルマン・カール・ヘッセ
1877年、ドイツ南部ヴュルテンベルク王国のカルフで生まれました。父親は宣教師で、敬虔な家庭で育てられました。父親の赴任先であるスイスのバーゼルで幼少期を過ごし、宗教と学問に親しみますが、彼自身は反抗的な気質を持ち、厳しい教育環境にしばしば反発していました。
1886年、故郷カルフに戻ります。その後、難関とされるヴュルテンベルク州立学校の試験に合格し、神学校に進学しますが、そこでの厳格な規律やプレッシャーに苦しみます。自殺未遂を起こし神経科病院に入院したことも。退院後に、ギムナジウム(中等教育機関。日本の中学~高校に相当する。)に入学しますが、そこも退学。この少年時代の経験が『車輪の下』のベースになっています。

その後、自らの意志で文学の道を歩むことを決意し、書店で働くなどしながら、詩や小説の執筆を続け、1899年に詩集『ロマン的な歌』で作家デビューを果たします。1904年に結婚。同年に発表した『ペーター・カーメンツィント』が評価され、1906年、『車輪の下』を発表。作家としての地位を確立し、その後は拠点をスイスに移しました。
第一次世界大戦中にドイツ人捕虜を援護する事務所で働いたヘッセは、精神的ダメージを負い、その後の作品には大きな変化がみられるようになりました。素朴な作風から、文明への批判や精神的な問題を扱うようになったのです。『デミアン』(1919年)や『シッダールタ』(1922年)などを発表したのはこの頃で、同時期にスイスに帰化しました。
ちなみに、平和主義を唱えていたヘッセは、ナチス政権下では裏切者とされ、ドイツ国内での出版許可を得られませんでした。

『ガラス玉演戯』(1943年)などの作品における、創造性や人間精神への深い洞察が評価され、1946年、ノーベル文学賞を受賞。1962年、長年暮らしたスイスの小さな村モンタニョーラで亡くなりました。85歳でした。
マウルブロン修道院
ハンスが通ったマウルブロン修道院併設神学校は、作者のヘッセ自身が通っていた学校でもあります。
その名の通り聖職者育成のための学校であり、同じく中等教育機関でありながら、大学進学を前提にしたギムナジウムとは別系統の教育機関です。聖書はもちろん、ラテン語・ヘブライ語・ギリシャ語などの語学や、歴史や地理といった授業がおこなわれました。

また寄宿制であり、生徒たちは生活面すべてにおいて、厳しい管理下に置かれていました。優秀な頭脳を持ちながらも、この教育システムに馴染めず脱落していった生徒も多かったようです。
ヘッセは自身の姿をハンスに重ねながら、教育の在り方について疑問を投げかけたのでしょう。
バーデン=ヴュルテンベルク州に現存するマウルブロン修道院の建築物は、1993年にユネスコの世界遺産に登録されました。また、併設されている神学校は、古典語ギムナジウムとして現在も運営されています。
興味のある方はこちらのHPを。(ドイツ語です)
東洋思想への傾倒
第一次世界大戦を経験したヘッセは、自己探求と癒しを求めて東洋思想に傾倒していきました。特に仏教やヒンドゥー教の哲学に心を惹かれ、それらを自らの人生観や文学に取り入れました。
1922年に発表された『シッダールタ』はこの影響を多分に受けた作品です。この作品でヘッセは、自己探求と内的調和をテーマとし、西洋の合理主義とは違う角度から人間の内面的な真理を追求しました。ノーベル文学賞受賞につながった『ガラス玉演戯』も東洋的な思想の影響を強く受た作品です。

戦後、教科書に取り上げられるなど、日本の教育と親和性が高かった理由のひとつに、このような東洋思想が、ヘッセの作品に包含されていることが影響しているのかもしれません。
りんご搾り
物語が佳境に入る終盤に、街中でのりんご搾りのシーンがあります。りんご搾りに精を出し、新鮮な果汁ジュースを楽しむ人々の姿が、克明に、そして生き生きと描かれています。

りんごはドイツで1番人気のある果物らしく、作品の舞台であるバーデン=ヴュルテンベルク州は、ドイツ国内トップクラスの生産量を誇る地域だそうです。
参考HP
物語中盤、主人公ハンスそして私たち読者も気持ちが沈んでしまう重苦しい展開に、一服の清涼感を与えてくれる素敵なシーンです。
車輪
周囲の期待に応えようとする秀才。天狗になってしまう時もあるけれど、本来は自然を愛する心優しき少年ハンス。
ハンスとは正反対に、束縛に反抗し詩を愛する自由人ハイルナー。
異なる個性がふたりを結びつけます。このふたりは、どちらも著者ヘッセの分身なのです。

古い価値観に基づいた社会の期待という車輪に押しつぶされる、才能に溢れた若者たち。自由や自己表現の機会を奪われる悲劇。
過度な競争や、精神的な成長を軽視する教育の弊害に対し、批判の目を向けたヘッセ。
みなさん、誰かの車輪になっていませんか?
以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。
ヘルマン・ヘッセ財団のHPには詳細な情報が満載です。興味のある方は是非。
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