みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「オズの魔法使い」(ボーム)の作品背景をご紹介します。
あらすじ
アメリカ・カンザス州。ヘンリー叔父さん、エム叔母さん、そして犬のトトと暮らしている少女ドロシー。ある日、突然の竜巻でドロシーとトトは見知らぬ土地に吹き飛ばされてしまいます。カンザスに戻るには、強力な魔力を持つオズの魔法使いに頼まなければなりません。旅の途中で出会った脳みそのない案山子・心をなくしたブリキの木こり・臆病なライオンとともに、オズが住むというエメラルドの都を目指すドロシーとトト。しかし一行の行く手を悪い魔女が阻みます。果たしてドロシーとトトは、オズに会えるのか。そしてカンザスに帰れるのか。 ドロシーの冒険が始まる。
作品の詳細は、新潮社のHPで。
ライマン・フランク・ボーム
1856年ニューヨーク州で生まれました。父親は油田の開発で財を成した実業家で、裕福な環境の中で育ちました。雑誌を出版したり(父親に印刷機を買ってもらった!)、演劇に熱中したり(父親に劇場を建ててもらった!)。結婚後は4人の息子に恵まれ、新聞記者として働きます。1897年、マザー・グースの韻文を散文の小説にした短編集「散文のマザー・グース」が評判となり、作家に専念します。
自分の子供たちに語ってきかせた物語を元にストーリーを組み立て、イラストレーターのウィリアム・ウォレス・デンスロウと組んで1900年5月に出版した「オズの魔法使い」は、たちまち子供たちの心をとらえ、空前の大人気作品となりました。
ボームはこの作品をミュージカル化し、こちらも人気を博しました。ボームは続編を構想していませんでしたが、多くの子供たちからのリクエストにこたえる形で、13冊の続編が発表されました(ボームの死後は他の作家によって続編が書き継がれていきました)。オズの続編を執筆中も、大好きな演劇に出資したりしますが、成功せず、徐々に財産を失っていったそうです。
1919年、脳卒中で倒れた翌日、亡くなりました。ボームが最後に発した言葉は「Now we can cross the Shifting Sands.(これで私もあの砂漠を渡ることができるよ)」だったと言われています。ドロシーが家に帰るために越えようとした、オズの国の周りにあった砂漠のことですね。
カラフルな挿絵
ストーリーや登場人物とともに、この作品を魅力的にしている要素として、挿絵があげられます。
そもそも子供向けにわかりやすく書かれた作品ですが、ボームの友人であるウィリアム・ウォレス・デンスロウによる挿絵によって、子供たちはより深く作品の世界に入り込めたのではないでしょうか。
色彩豊かなカラーの挿絵がふんだんに盛り込まれ、子供たちを魅了したのです。
登場人物の由来
この作品に登場する魅力的な人物(?)たちは、ボームの実体験に基づいているそうです。
案山子は、子供の頃にたびたび夢に出てきたそうです。農場で案山子に追い回される悪夢だったようですが。
自宅の窓の飾りつけを考えていた時、湯沸かし器や排気管、フライパンなどのスクラップを使ったところ、木こりの姿になったそうです。
妻モードの姪ドロシーは、難病を患って、わずか5ヶ月で亡くなってしまいました。娘がいなかったモードは、ドロシーを娘のように可愛がっていたそうです。ボームはモードを慰めるため、「オズの魔法使い」の主人公をドロシーと名付けました。
映画化作品
1939年、ジュディ・ガーランド主演で映画化された「オズの魔法使い」は、テクニカラーを使用した革新的な作品として高い評価を得ました。
アカデミー賞では作品賞を含む5部門にノミネートされ、作曲賞、歌曲賞(「虹の彼方に」)、特別賞(ジュディ・ガーランド)を受賞しました。監督は同じ年に「風と共に去りぬ」で監督賞、作品賞を受賞したヴィクター・フレミングです。
ジュディ・ガーランドが歌った「虹の彼方に」は、2004年に発表された「アメリカ映画主題歌ベスト100」(アメリカン・フィルム・インスティチュート選出)で堂々の1位を獲得しています。
ちょっとしたきっかけで潜在能力を発揮することになる、案山子・木こり・ライオン。最強の魔法使いオズの正体。ドロシーとトトは家に帰れるのか。いざ冒険の旅へ。
以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。
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