2025年度後期、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』のヒロイン・小泉セツ(役名トキ)の夫(役名ヘブン)のモデルであり、様々な作品を通じて、明治期日本の文化を海外に紹介した、作家ラフカディオ・ハーンの代表作『怪談』の作品背景をご紹介します。
作品概要
各社から出版されている怪談集ではなく、一冊の書籍として出版された『怪談』についての概要です。
「夜窓鬼談」「仏教百科全書」「古今著聞集」「玉すだれ」「百物語」などの日本の古典や、妻・セツから聞かされた昔話や民話、そして自ら取材した怪奇譚を基に構成した「耳なし芳一の話」「むじな」「ろくろ首」「雪おんな」など17篇。そして昆虫に関する随筆「虫の研究」3篇を収めた作品集です。
パトリック・ラフカディオ・ハーン
1850年、イギリス領レフカダ島(現在はギリシャ)で生まれました。レフカダ島にちなみ、ラフカディオというミドルネームがつけられました。

父親は、アイルランド・ダブリン出身のイギリス軍医で、レフカダ島に赴任していました。そこで知り合ったギリシャ人女性と結婚。ハーンはアイルランド人とギリシャ人のハーフということになります。生後間もなく、父親がインドに転属になり、母親とともに、父親の実家であるダブリンに移りました。
4歳の頃、両親が離婚。その後は、カトリック教徒である裕福な大叔母に厳しく育てられたことによって、キリスト教嫌いになり、神話や伝説などに興味を持つようになります。16歳の頃、事故で左目を失明してしまいました。
1869年、大叔母の破産を機に、アメリカに渡り、ジャーナリストとして働き始めます。1884年にアメリカ・ニューオーリンズで開催された万国博覧会で、日本文化に興味を持つようになり、1890年、記者として来日。
来日後、記者の契約を破棄し、松江で英語教師として働き始めます。そこで知り合った日本人女性・セツと結婚。日本各地を転々としながら、英語教育と執筆活動を続けました。1894年、日本の風物を描いた随筆『知られぬ日本の面影』を出版します。
1896年、東京帝国大学(現在の東京大学)に英文学の講師として雇われ上京。日本国籍を取得して「小泉八雲」に改名します。松江に住んでいたこともあり、松江が属していた旧国名・出雲にかかる枕詞の「八雲立つ」にちなんで名づけられました。

1903年、突然大学から解雇されてしまいます。大学側の不手際があったといわれていますが、真相はわかりません。ちなみに後任は、イギリス留学から帰国したばかりの夏目漱石。明るく楽しいハーンの授業に対し、陰気で真面目な漱石の授業は、学生たちに不人気だったとか。
日本のために尽くしてきた自負があったハーンは、突然の解雇に激怒したそうです。その後は執筆活動に専念し、翌1904年『怪談』を出版しますが、狭心症を発症。54歳で亡くなりました。
ちなみに『怪談』の原題は『Kwaidan』。英語(もともとの国籍であるイギリス英語ではなく、ジャーナリストとして活躍したアメリカ英語)で書かれた作品で、アメリカで出版されました。それらを踏まえ、本作品は、アメリカ文学に分類してあります。
日本への興味
アメリカで暮らしていたハーンが、遠く離れた日本に興味を持ったきっかけは、いくつかあると言われています。主なものは、下記の通りです。
アメリカ・ニューオーリンズで開催された万国博覧会の会場で、日本文化を詳しく説明された
英訳された『古事記』を読んだ
敬愛する女性ジャーナリストのエリザベス・ビスランドから、日本がとても美しい国だと聞かされた
エリザベス・ビスランドは、『八十日間世界一周』(ジュール・ヴェルヌ)にちなんだ、アメリカの雑誌社主催による、世界一周レースに挑戦したジャーナリストで、その際に日本に立ち寄りました。ハーンとは親交があり、ハーンの死後、伝記『ラフカディオ・ハーンの生涯と書簡』を出版しています。
『八十日間世界一周』(ジュール・ヴェルヌ)の紹介記事はこちら
小泉セツ
『怪談』の執筆に欠かせない存在が妻のセツです。松江の士族の娘として生まれました。子供の頃から、昔話や民話が好きだったようです。経済的な理由で高等教育は受けられず、女中として働いていた時にハーンと知り合い、結婚。

出典:Rihei Tomishige (1837-1922)
Lafcadio Hearn becomes Koizumi Yakumo in 1890s Japan
日本語が読めないハーンに、日本の昔話や民話を語り聞かせたセツは、日本におけるハーンの執筆活動の、最高の協力者であり、最大の理解者でした。
日本の面影
来日後、初めて出版した『知られぬ日本の面影』で、日本の人々や風物を生き生きと描いたハーン。
こよなく愛した日本の文化。こよなく愛した怪奇譚。妻・セツという最高の協力者を得て、ハーンは、このふたつの要素を組み合わせた作品集『怪談』を完成させます。私たち日本人には慣れ親しんだ話ですが、当時の世界の人々には、どのように受け止められたのでしょう。

そんな思いを馳せながら、ドラマとともに楽しんでみてはいかがでしょうか。
以上、『怪談』の作品背景紹介でした。ごきげんよう。
外国人の目にはどのように映ったのか。気鋭の作家・円城塔氏が直訳!

松江市にある小泉八雲記念館HP



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