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【作品背景】おじさんにこそ読んで欲しい「あしながおじさん」(ウェブスター)

アメリカ文学

おじさんにこそ読んで欲しい。健気でチャーミングな女の子・ジュディの成長とピュアな恋の行方。

みなさん、こんにちは。今回は、アメリカの女性作家ジーン・ウェブスターが1912年に発表した、児童文学の傑作「あしながおじさん」の作品背景を紹介します。

あらすじ

孤児院で暮らしていたジュディは、匿名のパトロンから大学進学の資金援助を受けることに。ただし援助の条件は「学生生活の様子を手紙で送る」こと。パトロンを「あしながおじさん」と名付けたジュディは、文才を発揮し、日常生活の中で感じたこと、思ったことを、ユーモア溢れる豊かな感性で手紙にしたため、あしながおじさんに送り続ける。やがて成長したジュディは、ある男性からプロポーズを受けるが、自分が孤児院出身であることを告げられず、拒絶してしまう。あしながおじさんに悩みを打ち明けると「直接会って話を聞こう」と返事が。初対面を果たすべく、ジュディはニューヨークに向かったのだが…。

作品の詳細は、光文社古典新訳文庫のサイトから。

作品紹介文が読書欲をそそります。

あしながおじさん - 光文社古典新訳文庫
孤児のジュディは文才を認められ、ある匿名の紳士の援助を受けて大学に通わせてもらえることに。かつてなくリアルで楽しいジュディが新訳で甦る!

アリス・ジェーン・チャンドラー・ウェブスター

1876年、アメリカ・ニューヨーク州で生まれました。母は「トム・ソーヤーの冒険」で知られる作家マーク・トウェインの姪にあたり、父は、マーク・トウェインの作品を多く扱う出版社を経営していました。そうした環境もあり、文学に親しみながら育ちました。

1894年、ニューヨーク州南部にある寄宿制の学校レディー・ジェーン・グレイ・スクールに進学。「レディ」に必要な教養とマナーを学びました。その時のルームメイトの名前が自分と同じアリスだったため、ミドルネームのジェーンからとって、ジーンと名乗るようになります。

1897年、ニューヨーク州の女子大・ヴァッサーカレッジに進学し、英文学や経済学を学びました。学内の新聞に寄稿するなど、この頃から文筆活動を始めます。同時に、孤児や女性の地位、貧困などの社会問題に興味を持つようになりました。

大学卒業後、本格的に作家活動を開始。ユーモア溢れる軽妙な語り口に、社会問題に対する批判を巧みに織り交ぜた作品は、徐々に人気を集めていきました。1906年から1907年にかけて、エジプト、インド、インドネシア、中国など、世界各地を旅行し、日本にも訪れました。日光を観光したとか。また、この頃、大学時代の友人の兄で、既婚者のグレンと不倫関係に。

1912年、女性向けの雑誌に掲載された『あしながおじさん』が好評を博し、単行本として出版されるとベストセラーになりました。

グレンの離婚が成立すると、1915年に結婚。1916年6月10日に長女を出産しますが、翌11日、産褥熱により、39歳の若さで急逝しました。

アメリカ児童文学と孤児

作品の冒頭、ジュディたち孤児院の子供が、個性を認められず、厳しく管理されながら育てられている様子が描かれています。これは当時の孤児院の実態を反映したものです。なぜウェブスターは孤児を主人公に据えたのでしょうか。アメリカにおける児童文学と孤児について触れていきます。

19世紀から20世紀初頭にかけて、アメリカの児童文学では、孤児が主人公の作品が数多く出版されます。

代表的な作品は、

  • 1878年 トム・ソーヤーの冒険
  • 1885年 ハックルベリー・フィンの冒険
  • 1886年 小公子(親と離別)
  • 1900年 オズの魔法使い
  • 1905年 小公女(親と離別・舞台はイギリス)
  • 1911年 秘密の花園(親と離別・舞台はイギリス)
  • 1912年 あしながおじさん

みなさんご存知の有名な作品ばかりですね。あらためて、そういえば主人公は孤児だったと気づかされます。孤児という境遇は、主人公の成長が描きやすい、また、同情をひきやすいということもあったのでしょう。

しかし、当時のアメリカは、南北戦争終戦後の混乱やヨーロッパからの移民増加など、社会が不安定であり、残念ながら親を失い孤児となる子供たちが増えていた事情もあります。

そもそもアメリカという国自体が、イギリスから独立した新しい国で、ヨーロッパの歴史や文化と決別し、不安定ながらも自由を持つ国であるという意味で「孤児」だと考察する研究者もいるようです。(イギリスの話ですがハリー・ポッターも孤児ですね)

セブンシスターズ

ウェブスターが実際に通ったヴァッサーを含む、「セブンシスターズ」と呼ばれる、当時の名門女子大について紹介します。

セブンシスターズ(Seven Sisters)とは、アメリカ東部に創設された名門私立女子大7校の総称です。

  • マウント・ホリヨーク大学 1837年創設
  • ヴァッサー大学 1861年創設
  • ウェルズリー大学 1870年創設
  • スミス大学 1871年創設
  • ラドクリフ大学 1879年創設
  • ブリンマー大学 1885年創設
  • バーナード大学 1889年創設

いずれも伝統のある大学で、多くの女性リーダーを輩出してきました。ラドクリフ大学はハーバード大学と合併、ヴァッサー大学は男女共学になりましたが、セブンシスターズという呼び名は現在でも生き続けています。

パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

7校のうち4校がマサチューセッツ州にあり、他の3校も北東部にあります。これはアメリカにおける大学の歴史が、初期植民地であった東海岸から始まったことに由来します。

セブンシスターズは、創立当初から「男子と同等の」大学教育の実践を志し、少数精鋭(学生数1,000~2,000人程度)のリベラルアーツカレッジとして、社会に出てリーダーとして活躍できる女性を育てることを目的としていました。

ジュディ(そしてウェブスター)は大学での学びを通じて、自分の力で生きていこうとする意識を強めていきます。この姿は、当時広がりつつあった「新しい女性像」を象徴しています。『あしながおじさん』は単なるロマンティックな物語ではなく、教育における男女の機会均等、女性の尊厳重視や社会進出といった、近代的価値観を提示する作品でもあるのです。

また、手紙をベースにした魅力的な小説であるとともに、20世紀初期アメリカにおける女子大生の生活を記録した、貴重な資料でもあります。

書簡体小説

「書簡体小説」とは、登場人物が書いた手紙(書簡)や日記などの形式で構成された小説のことを指します。18世紀のヨーロッパで発展した文学形式の一つです。

『若きウェルテルの悩み』(ゲーテ)や『吸血鬼ドラキュラ』(ブラム・ストーカー)などが代表作として挙げられます。

書簡体小説の最大の特徴は、「語り」が作者ではなく登場人物自身であることです。そのため、ジュディの手紙に書かれている出来事は「ジュディの視点」で捉えたものであり、必ずしも客観的な事実とは限らないという点が特徴的です。

ジュディの率直な感情や考えが、ユーモラスなイラストとともに書かれた手紙は、臨場感たっぷりで、私たち読者は、ジュディの心の動きを感じ取ることができます。

本作は、ジュディが「あしながおじさん」に宛てて書いた手紙によって構成されています。そのため、私たち読者は、まるで「あしながおじさん」になったかのように、ジュディからの手紙を読むことになります。

ジュディの魅力を最大限に引き出す形式が、この書簡体形式だったのでしょう。

あしなが

原題の「Daddy-Long-Legs」とは、蜘蛛に似ているけど蜘蛛ではない脚の長い虫を指すようですが、「あしながおじさん」というタイトルに翻訳したのは遠藤寿子さん(岩波文庫1933年刊)。秀逸ですね。

ジュディのパトロンであった「あしながおじさん」にちなみ、日本では遺児奨学金への出資者を「あしながさん」と呼ぶことがあります。

クスッとしたり、ハラハラしたり、とにかく楽しませてくれる主人公ジュディの手紙。

少女向けの児童文学と位置付けられているので、読者は圧倒的に女性が多いと思います。女性のみなさんは子供の頃、夢中になって読んだのではないでしょうか。しかし私は、おじさんにこそ是非読んで欲しいと思います。そして、ジュディを温かく見守り、応援してあげて欲しい。きっと心がほっこりすると思います。

以上、『あしながおしさん』の作品背景紹介でした。ごきげんよう。

遺児支援団体

あしなが育英会

あしなが育英会
あしなが育英会は、遺児への奨学金の貸し出しによる経済的な援助や「レインボーハウス」での活動、短期ケアプログラムの「つどい」などの「心のケア」をしています。その運営は、個人の方々のご寄付を中心にしています。事業内容と収支報告をご支援者に公開し...

交通遺児育英会

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保護者が道路上の交通事故が原因で亡くなられたり、重度の後遺障がいになられたため、経済的に修学が困難になった子どもたちに学資を貸与して、教育の機会均等を図り、社会有用の人材を育成することを目的としています。

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