パリ・オペラ座で起きた不可解な事件の真相を知るべく、私は当時の関係者から話を聞いていた。徐々に浮かび上がってきた事件の全容は、恐ろしくも悲しい物語だった。
あらすじ
1880年、パリ。新しい支配人がオペラ座にやってきた。しかしオペラ座では、不可解な事件が相次いでいて、関係者たちは謎の怪人の仕業だと噂しあっていた。ある晩、若手歌手クリスティーナはいつもとは違う圧巻の歌声で観客の喝采を浴びる。彼女を幼馴染だと思い出したラウール子爵は、彼女への接近を試みる。しかし何者かが邪魔をする。
巨大かつ豪華絢爛なパリ・オペラ座を舞台に繰り広げられる、恐ろしくも切ない愛の物語。
作品の詳細は光文社古典新訳文庫のHPで。
ガストン・ルルー
1868年、パリで生まれます。父親は富裕な商人でした。ロー・スクールで学びながら、小説の執筆も始め、卒業後は弁護士資格を取得して働くかたわら、新聞に法律関係の記事を書いていました。後に、新聞社に入社して記者として活動、専門分野の法律以外に、劇評も担当しました。特派員として海外に赴くことも多かったようです。
1900年頃から、小説を手掛けるようになります。1907年に雑誌での連載が始まった推理小説「黄色い部屋の秘密」が人気となり、作家としての地位を確立します。「黄色い部屋の秘密」は現代においても、密室殺人の傑作と評価を得ています。
1910年に「オペラ座の怪人」を発表。国内外でベストセラーとなりました。
推理小説や怪奇小説をはじめ、幅広いジャンルの作品を数多く手がけます。1925年頃から体調を崩し、1927年、ニースで亡くなりました。
パリ・オペラ座
パリ・オペラ座は、特定の建物を指すわけではなく、パリ国立オペラ団が本拠地として使用する劇場のことです。現在のオペラ座は、13代目にあたるガルニエ宮で、「オペラ座の怪人」の舞台でもあります。
1858年11代目オペラ座のサル・ル・ペルティエで、ナポレオン3世が爆弾を投げつけられるという事件が起こります。これを機に、新オペラ座建設計画がスタートし、公募によって集まった設計の中から選ばれたのが、シャルル・ガルニエの案でした。
1875年に落成式が行われたこの劇場は、設計者の名前をとりガルニエ宮と呼ばれるようになりました。
ネオ・バロック様式の建物は豪華絢爛で、当時世界最大の劇場だったそうです。
そんな巨大な空間の中で囁かれていた幽霊話や、実際に起きたシャンデリア落下事故などをヒントに、ルルーは作品の着想を得ました。
ガルニエ宮の構造
新聞記者だったルルーは、ガルニエ宮の構造や、建設当時のエピソードを丹念に取材し、作品にリアリティ性を持たせています。
奈落や地下の構造、2階5番ボックス席の位置などは、みっちょんさんのHP「劇場街」がとても参考になります。文字情報だけではつかみにくい箇所を読む際に、参照してください。
ミュージカル「オペラ座の怪人」
この作品は、小説として傑作なのはもちろんですが、現在もなお、その人気が衰えない大きな要因として、ミュージカルの成功に触れないわけにはいきません。
小説発表後、何度も映画化され、人気を博していた「オペラ座の怪人」ですが、巨匠アンドリュー・ロイド・ウェバーによってミュージカル化され、ミュージカル史上最大のヒット作になりました。
1度聴いたら忘れられないメロディーは、みなさんよくご存じですよね。
1986年ロンドンのウエスト・エンド、1988年ニューヨークのブロードウェイで上演開始以来、数々の賞を受賞。ブロードウェイでは史上最長のロングラン公演作品、ウエスト・エンドでは「レ・ミゼラブル」に次ぐロングラン作品になっています。(ミュージカルでは)
日本においても劇団四季の人気演目で、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。(2022年3月現在も絶賛公演中)
音楽の天使
誰に見られることもなく、月2万フランの金銭と2階5番ボックス席のリザーブを支配人に要求する怪人。
「音楽の天使」の指導によって、めきめきと頭角を現す歌姫クリスティーヌ。
幼馴染のクリスティーヌに恋心を抱く若き子爵ラウール。
三人の想いが交錯する中で煌めくシャンデリア。
みなさんは、怪人の狂気を受け止められますか?
以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。
映画化作品
何度も映画化されていますが、現在AmazonPrimeVideoで観ることが出来る作品はこちら。
1925年版 アメリカ映画(サイレント)
監督:ルパート・ジュリアン 出演:ロン・チェイニー
ユニバーサル・ピクチャーズ社長カール・レムリが、パリでルルーから「オペラ座の怪人」をプレゼントされ、それを読んだレムリが映画化権を購入して製作された作品。
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