「ゆうべ、またマンダレーに行った夢を見た」
この伝説的な一文から始まる20世紀ゴシックロマンの金字塔。
「わたし」を追いつめる亡きレベッカの影。レベッカの真の姿とは。
みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「レベッカ」(デュ・モーリア)の作品背景をご紹介します。
あらすじ
ヴァン・ホッパー夫人の話し相手として雇われている「わたし」。モンテカルロのホテルで、イギリスの貴族で有名な豪邸マンダレーの主・マキシム・デ・ウィンターと出会う。ヨット事故で妻レベッカを亡くしたばかりのマキシムに魅かれていく「わたし」は、身分違いであることを理解しつつ、マキシムのプロポーズを受ける。結婚して7週間、「わたし」とマキシムは、マンダレーに向かう。美しい草花と海に囲まれたマンダレーで、出迎えに現れた多くの使用人と、使用人をまとめる家政婦頭のダンヴァーズ夫人。今までの環境との全く違う状況の中で、戸惑う「わたし」。美しく聡明だった前妻レベッカの影響を色濃く残したマンダレーで、「わたし」は精神的に追いつめられていく。
作品の詳細は、新潮社のHPで。
デイム・ダフニ・デュ・モーリエ
「ダフネ・デュ・モーリア」と訳されることが多いようですが、本来の発音に近い表記は「ダフニ・デュ・モーリエ」とのこと。
また、1969年に大英帝国勲章(ナイト・コマンダー)を与えられたため、「デイム(男性で言えばナイト)」の称号を持っています。
1907年ロンドンで、三人姉妹の次女として生まれました。両親とも俳優で、特に父親のジェラルドはかなり人気があったそうです。親族にも芸術関係者が多く、幼い頃からそうした影響を受けて育ちます。
1931年、処女長編「愛はすべての上に」を出版。翌1932年には、イギリス陸軍少佐フレデリック・ブロウニングと結婚し、3人の子供に恵まれました。
夫が軍人だったため、夫の赴任地を転々とし、エジプト・アレクサンドリア滞在中に執筆した「レベッカ」を1938年に発表し、ベストセラーになりました。
社交的な性格ではなかったようで、マンダレーのモデルになったと言われるイギリス南西端コーンウォールにあるメナビリーの裕福な地主ラシュリー家が所有する邸宅を借りて、静かに過ごしました。ほとんど公の場にでることはありませんでしたが、夫フレデリックをモデルにした映画「遠すぎた橋」が公開された時には、その描かれ方に激しくクレームをつけました。
その後も、短編を中心に戯曲などを手掛け、「レベッカ」同様ヒッチコック監督が映画化した「鳥」などの作品を発表しますが、その名声が高まるほど、社会から離れていったようです。
1965年、夫フレデリックが亡くなると、コーンウォールのキルマース村に転居し、1989年、その地で亡くなりました。81歳でした。デュ・モーリア本人の遺志で、遺体は火葬され、遺灰は自宅付近にまかれたそうです。
ピーター・パン、遠すぎた橋、バイセクシャル
デュ・モーリアにまつわるエピソードを紹介します。
ピーター・パン
ジェームス・バリーによって描かれた「ピーター・パン」シリーズは、彼がイギリス・ケンジントン公園で知り合い仲良くなった、デイヴィス家の子供たちに向けて創作されたのがきっかけになっています。この子供たちの母親シルヴィア・ルウェリン・デイヴィスは、フランス生まれの漫画家ジョージ・デュ・モーリアの娘で、俳優ジェラルド・デュ・モーリアの姉でした。つまり、デイヴィス家の子供たちとジェラルドの娘ダフネ・デュ・モーリアは、いとこ同士という間柄になります。
ちなみに、1904年に初演された「ピーター・パンあるいは大人になりたがらない少年」でフック船長役を演じ好評を博したのは、デュ・モーリアの父ジェラルドでした。
「ケンジントン公園のピーター・パン」の作品背景はこちら
遠すぎた橋
夫フレデリックは、最終的に中将まで昇進し「イギリス空挺部隊の父」と呼ばれた人物です。ボブスレーの選手として1928 年に開催されたスイス・サンモリッツ冬季オリンピックにも出場しました。そんな筋金入りの軍人であるフレデリックは、デュ・モーリアの作品「愛はすべての上に」を読んでコーンウォールの自然描写に感動し、実際に見てみようと思い立ち現地を訪れます。そして当時病気療養中だったデュ・モーリアを見舞い、結婚につながっていきました。
フレデリック・ブロウニング中将
出典:wikipedia
1977年に公開された戦争映画「遠すぎた橋」は、第二次世界大戦におけるマーケット・ガーデン作戦を題材にした作品で、主人公は指揮官であるフレデリックでしたが、作品中の彼の描写については賛否両論があり、デュ・モーリアは「夫が作戦失敗の責任者にされている」と憤慨したそうです。
バイセクシャル
デュ・モーリアは、三人姉妹の中で父ジェラルド一番のお気に入りでした。その父親が息子を欲しがっていることに感づいた彼女は、自分は男の子になりたいと思ったそうです。それが影響したのかはわかりませんが、バイセクシャルだったのではないかという噂もあります。中でも、自らの戯曲作品で主役を演じた女優ガートルード・ローレンスとは、公私ともに信頼関係を築いた仲でした。妻であり母であるデュ・モーリアでしたが、創作のエネルギーになっていたのは、女性を男性的に愛することだったと分析する人もいます。
ガートルード・ローレンスが舞台で主役イライザを演じた「ピグマリオン」の小説版作品背景はこちら
観てから読むか、読んでから観るか
冒頭の一文から引き込まれるデュ・モーリアの世界。彼女の綴る文章から、豊かな自然に囲まれたマンダレーの様子や、緊張感あふれる「わたし」の恐怖、そして既に亡き人であるレベッカの圧倒的な存在感が伝わってきます。
巨匠ヒッチコックによる映画「レベッカ」は紛れもない傑作ですが、デュ・モーリアの「レベッカ」は、次元が違う凄まじい作品です。
出来れば、観る前に読んで欲しいと思います。
貴方が思い描くマンダレーはどんな邸宅ですか。
そして、貴方が思い描くレベッカはどんな姿ですか。
以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。
映像化作品
「レベッカ」1940年 アメリカ作品
監督:アルフレッド・ヒッチコック
主演:ジョーン・フォンテイン ローレンス・オリヴィエ
第13回アカデミー賞にて最優秀作品賞・撮影賞(白黒部門)を受賞
「レベッカ」2020年 NETFLIXオリジナル作品
監督:ベン・ウィートリー
主演:リリー・ジェームズ アーミー・ハマー
「遠すぎた橋」1977年 イギリス・アメリカ合作
監督:リチャード・アッテンボロー
主演:ダーク・ボガード
ノルマンディ上陸作戦後、連合軍によってオランダ・ドイツ間の5つの橋を占領すべく決行された“マーケット・ガーデン作戦”における壮絶な戦闘を描く。
ロバート・レッドフォード、ジーン・ハックマン、ローレンス・オリヴィエ、ショーン・コネリー、アンソニー・ホプキンスなどの豪華俳優陣が出演。
参考文献
情報満載のデュ・モーリア公式ファンサイト(英語・日本語訳機能あり)
石井麻璃絵「女主人からホテルの客人へ ダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』における女性の役割の放棄」
コメント