こんにちは。今回は、登場人物の心理状態を克明に描き出し、モダニズム文学の先駆者としても知られる、アメリカ生まれで、後にイギリスに帰化した作家、ヘンリー・ジェイムズの代表作「ねじの回転」の作品背景をご紹介します。
あらすじ
古い館に集まって怪談話を楽しむ人たち。ひとりの男が話し始める。それは20年ほど前に亡くなった、とある女性が遺した手記に、書かれていた話だった。彼女が、住み込みの家庭教師として赴いた屋敷で体験した、世にも恐ろしい物語が始まった。
作品の詳細は、光文社古典新訳文庫のサイトから。

ヘンリー・ジェイムズ
1843年、アメリカ・ニューヨークで生まれました。父は哲学者で、アイルランド系の移民であった祖父が事業に成功し、裕福な家庭で育ちます。
父の方針で、幼い頃から何度もヨーロッパへ旅行し、ヨーロッパ各国の文化に触れました。ハーバード大学に進学しますが、中退。作家を志します。

その後、執筆活動を本格化し、1876年、活動の拠点をロンドンに移します。ヨーロッパ的な視点を持ったアメリカ人として、作品を執筆します。アメリカとヨーロッパの文化的・社会的な差異を、作品のテーマとして採り上げました。1878年に発表した『デイジー・ミラー』では、ヨーロッパ社会に溶け込むことができないアメリカ人女性デイジー・ミラーが引き起こす、様々なトラブルを通して、アメリカとヨーロッパの文化的摩擦を描き出しました。また、同時期に活躍していたヨーロッパの作家、モーパッサン、フローベール、ゾラなどと親交を深めました。
1898年、イングランド南部の街・ライに移住します。ヘンリーが暮らした家は「ラム・ハウス」と呼ばれ、歴史的建造物として、現在も人気観光スポットになっています。そして同年、『ねじの回転』を発表。この頃から、心理主義的な作品を発表するようになっていきます。1905年、一時的に祖国アメリカへ帰国し、全集の出版に取り掛かりました。

1915年、イギリスに帰化します。アメリカが第一次世界大戦に参戦しなかったことが原因だといわれています。この頃から体調を崩し、1916年2月、72歳で亡くなり、祖国アメリカのボストン郊外にある、ジェイムズ家の墓に葬られました。
心理主義小説と「意識の流れ」
ヘンリーは、心理主義小説を代表する作家と呼ばれています。心理主義小説とは、登場人物の心理や内面的葛藤に重点を置いた小説の一ジャンルです。19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、特にヨーロッパ文学において発展し、登場人物の行動や思考の動機を深く掘り下げることが特徴です。
この手法は、外面的な出来事や物語の進行だけでなく、登場人物の「意識の流れ」や、心の中で繰り広げられる葛藤、欲望、恐れなど、内面的な世界を細かく描写します。ストーリー展開とともに、登場人物の内的変化も、物語の重要な要素になります。
「意識の流れ」とは、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェイムズが1890年代に提唱した心理学の概念で、「人間の意識は静的な部分の配列によって成り立つものではなく、動的なイメージや観念が流れるように連なったものである」とする考え方のことです。
この「意識の流れ」の概念は、その後文学の世界に導入され、文学上の表現の一手法を示す言葉として使用されるようになります。この手法を用いた代表的な作家としては、ジェイムズ・ジョイス、ヴァージニア・ウルフ、マルセル・プルースト、ウィリアム・フォークナーなどがあげられます。
既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、「意識の流れ」を提唱した心理学者ウィリアム・ジェイムズは、ヘンリー・ジェイムズの実兄です。凄い兄弟ですね。
ガヴァネス
主人公「私」の職業である「ガヴァネス(家庭教師)」について紹介します。
ガヴァネスとは、富裕な家庭において、子供(主に女子)の教育を任された、住み込みの女性家庭教師のことです。中産階級出身の未婚女性が自活できる、ほぼ唯一の「レディ(淑女)」の職業でした。
ヴィクトリア朝時代のイギリス中産階級において、居住地の近隣に学校がなく、遠方の寄宿学校に入学させるより、娘を手元に置いておきたいといった場合、ガヴァネスを雇いました。
ガヴァネスに求められたのは、いわゆる「読み・書き・算術」、また中産階級婦人にふさわしい教養(音楽・ダンス・絵画・フランス語・テーブルマナー等々)の教育でした。
もともと上流階級でおこなわれていたシステムでしたが、徐々に中産階級にも広まったと言われています。

中産階級婦人にするべく教育するわけですから、ガヴァネス側も中産階級でなければなりません。ですが、片や雇い主、片や雇われ者。
つまり中産階級の中には、資産があり、ガヴァネスを雇う上層と、資産がなく、ガヴァネスとして稼がなければならなかった下層が存在するということです。
中産階級の女性が働くことは「はしたない」とされる社会で、資産はありませんが、教養を身に付けているという中途半端な立場に置かれた彼女たちにとって、ガヴァネスは数少ない自立するための職業だったのです。

また当然ですが、ガヴァネスは下層階級ではありません。しかし、家事専従の使用人たちからは、自分たちよりは上位の階級だけれども、雇い主からは対等に扱われていないと見られ、軽蔑されていたと言われています。住み込んだ屋敷では、ひとり寂しく食事を摂ったとか。
奇跡の人
世界でもっとも有名なガヴァネスといえば、サリヴァン先生こと、アン・サリヴァンではないでしょうか。ヘレン・ケラーの教育を担当したガヴァネスです。彼女の生涯を描いた戯曲「奇跡の人」は、世界中で上演され、映画化もされています。
ところでみなさん、「奇跡の人」とはヘレン・ケラーのことだと思っていませんでしたか?恥ずかしながら、私はそう思っていました。しかし原題は「The Miracle Worker」。つまり「奇跡の人」はガヴァネスであるアン・サリヴァンを指しているのです。
余った女
ヴィクトリア朝時代のイギリスは帝国全盛期であり、適齢期の男性は、世界中に散らばるイギリス植民地に移住しました。また、晩婚化が進んだ影響で、独身の男女比は1:1.7と圧倒的に男性が少ない状態でした。
そのような中、独身女性は「余った女」と揶揄される存在になってしまいました。

パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.
中流階級出身のレディでありながら、働いて賃金を得なければならない境遇。また、生徒が成長してしまえば職を失う不安定さ。そして、そこから抜け出す唯一の手段は、激しい競争に勝って手に入れなければならない結婚。主人公がおかれていた状況は、このように切迫したものだったのです。
turn of the screw
この作品の原題は『turn of the screw』。「ねじを回転させる」という意味ですが、「事態を悪化させる」「追い打ちをかける」といった意味も持っています。
ガヴァネスとして資産家の屋敷に乗り込み、成果を出し、あわよくば雇い主に見初められて、今の境遇から抜け出したい。しかし「ねじは回転」していきます。果たして彼女の目論見通りに事は進んでいくのか。

主人公「私」によって綴られた、手記という形で物語は展開していきます。彼女が味わった極上の恐怖を、是非みなさんも一緒に味わってください。
以上、「ねじの回転」の作品背景紹介でした。ごきげんよう。
映像化作品
人気作なので、何度も映像化されています。各種配信サイトで探してみてください。
2009年 イギリスBBC制作のテレビドラマ
2020年 アメリカ映画





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