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【作品背景】子供向け空想物語ではない「ガリヴァー旅行記」(ジョナサン・スウィフト)

イギリス文学

児童書として親しんだ方が多いと思いますが、この作品は、社会の在り方や人間の在り方に疑問を投げかけた、政治学・哲学書といってもいい内容を含んでいます。

みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「ガリヴァー旅行記」(ジョナサン・スウィフト)の作品背景をご紹介します。

あらすじ

イギリスの船医ガリヴァーは、根っからの冒険好き。危険を顧みず航海に乗り出していく。流れ着いた「小人の国」「巨人の国」「空飛ぶ島」「馬の国」など、不思議な国々をめぐり、そこで見聞きしたモノ・コトを旅行記にまとめる。しかしそこには、当時のイギリスやヨーロッパの人々と社会に対する批判が織り込まれていた。

作品の詳細は新潮文庫のHPで。

ジョナサン・スウィフト、中野好夫/訳 『ガリヴァ旅行記』 | 新潮社
船員ガリヴァの漂流記に仮託して、当時のイギリス社会の事件や風俗を批判しながら、人間性一般への痛烈な諷刺を展開させた傑作。

ジョナサン・スウィフト

1667年、アイルランドのダブリンで生まれました。彼が生まれた時、イングランドからの移民であった父親はすでに他界していて、伯父の庇護を受けて成長します。

ダブリン大学(トリニティ・カレッジ)を卒業後、父親の故郷であるイングランドに渡り、元外交官ウィリアム・テンプル卿の秘書として働きました。スウィフトはテンプル卿の信頼を得るようになり、イングランド王ウィリアム3世とも面会しました。
テンプル卿の邸宅ムア・パークに滞在中、使用人の娘エスター・ジョンソン(当時8歳・愛称ステラ)と出会います。

ジョナサン・スウィフト
パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

めまいをともなう病気(メニエール病ではないかと言われています)を発症したスウィフトは、アイルランドで療養し、その後は、アイルランドとイングランドを行き来しながら、大学で学んだり、聖職に就いたり、テンプル卿の元に戻ったり、といった生活を送りました。

テンプル卿が亡くなると、アイルランドに戻って聖職者として過ごし、1702年、ダブリン大学から神学博士の学位を受けました。その年、20歳になっていたステラとイングランドで再会します。記録は残っていないのですが、ふたりは結婚したのではないかといわれています。

イングランド滞在中に、キリスト教宗派間の争いを風刺した「桶物語」、古代と近代の学問における優劣論争を批判した「書物戦争」を発表し、作家としての活動をスタートします。

ダブリンのトリニティーカレッジ
PicographyによるPixabayからの画像

同時期に政治的な活動へも取り組むようになりました。有力な政治家ロバート・ハーレー卿に近い立場で、イングランド王室や貴族の様子、生々しい政治の現場を見ることになり、ここで見聞きしたことに対する批判が「ガリヴァー旅行記」の中に風刺として織り込まれていきます。
ハーレー卿が政治闘争に敗れて投獄されると、スウィフトも立場を失い、失意のうちにアイルランドへ戻りました。

スウィフトはアイルランドの窮状を憂い、イギリスの通貨政策を批判した「ドレイピア書簡」、貧民が飢餓に陥っている状況を批判した「穏健なる提案」などを発表し、愛国者として認められるようになります。

1726年、「ガリヴァー旅行記」を匿名で出版、大ヒットとなりました。

『ガリバー旅行記』初版のタイトルページ
パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

1728年、最愛のステラが亡くなると、そのショックからか、スウィフトは持病のめまいに加え、精神障害に見舞われて奇行が目立つようになり、1745年に亡くなります。遺体は彼の希望通り、ステラの隣に葬られました。後年、彼の机の中からステラのものと思われる遺髪が、「一人の女の髪にすぎぬ」と書かれた紙に包まれて発見されたそうです。

四篇の渡航記概要(ネタバレを含みます。ご注意ください。)

一般に「ガリヴァー旅行記」として親しまれているこの作品の正式タイトルは「船医から始まり後に複数の船の船長となったレミュエル・ガリヴァーによる世界の諸僻地への旅行記四篇」(Travels into Several Remote Nations of the World, in Four Parts. By Lemuel Gulliver, First a Surgeon, and then a Captain of Several Ships)で、ガリヴァーという船医が、自ら訪れた国で見聞きしたことを記した体裁になっています。これは、同様の体裁で大ヒットした「ロビンソン・クルーソー漂流記」(1719年)の影響を受けていると考えられます。

第一篇 リリパット国渡航記

みなさんよくご存じの小人国リリパットとブレフスキュでの見聞録です。
リリパットの政治体制は、18世紀イギリスの政治体制を表現していて、イギリス同様いがみ合うふたつの政党が存在しています。
リリパットと隣国ブレフスキュは、当時のイギリスとフランスの関係を示しています。両国が戦争を始めた理由は、「卵の殻を、大きな方から剥くか、それとも小さな方から剥くか」ですが、些細なことから大きな争いになってしまったカトリックとイギリス国教会の状況を描いています。

第二篇 ブロブディンナグ国渡航記

こちらもみなさんよくご存じの巨人国ブロブディンナグでの見聞録です。
ブロブディンナグの国王は、イギリスの社会、戦争、司法、金融制度などについてガリヴァーに質問します。その回答の中で、ガリヴァーはイギリスの政策について疑問を呈し、批判します。火薬について説明すると国王は、人類は地球上で最も哀れな種族であると落胆します。

第三篇 ラピュタ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記

島国バルニバービの首都であるラピュタは空を飛ぶ島で、バルニバービの領空を自在に移動することができます。ラピュタに暮らす科学者は「学問のための学問」に陥ってしまっていて、「科学は人類に貢献すべきである」と考えていたスウィフトは、その姿勢を批判します。これは当時ロンドン王立協会会長であった科学者ニュートンを批判したものとされています。
また、バルニバービはラピュタに搾取されて荒れ果てていました。これは、搾取されるアイルランドと搾取するイギリスを表現しています。

Gulliver discovers Laputa. Illustration by Grandville for Gulliver’s travels
パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

ラグナグでは、不死の人間ストラルドブラグの話を聞きます。不死に憧れたガリヴァーでしたが、ストラルドブラグは不死ではあるが不老ではないため、徐々に老いていき、やがて世間から厄介者扱いされていくと聞かされて、死について考え直します。

その後、ガリヴァーは日本に渡ります。江戸で将軍に会ったガリヴァーは、日本が鎖国をしていてオランダとだけ貿易をしていること、そして「踏み絵」があることを知っていました。当時のイギリス人が持っていた日本に関する情報レベルを知ることができます。

第四篇 フウイヌム国渡航記

知性を持った馬たちが治める国フウイヌムの見聞録です。
高貴で理性的な馬たちが治めている国フウイヌムは、平和で争いごとなど存在しません。結婚や出産なども合理的な仕組みが作られています。
対照的な存在として、ヤフーと呼ばれている動物が出てきます。ヤフーは本能のままに生きている動物で、醜く野蛮で、理由もないのに仲違いをしています。このヤフーこそ人間の姿なのです。

ガリヴァー旅行記に由来するもの

ガリヴァー企業

みなさん「ガリヴァー企業」という言葉を耳にしたことがありますよね。ある特定の業界で、圧倒的な力を持つ巨大企業のことを指しますが、これは小人国リリパットにおいて巨人として扱われたガリヴァーの姿からとったものです。

YAHOO!

よくご存じのポータルサイトYAHOO! は、Yet Another Hierarchical Officious Oracle の頭文字をとったものですが、創業者たちが、自分たちは「ならず者」であるという意味をこめて、フウイヌム国の野蛮な動物ヤフーから命名したとも言われています。

天空の城ラピュタ

作品の内容的には無関係ですが、スタジオジブリ制作の映画「天空の城ラピュタ」は、空飛ぶ島ラピュタから命名されています。

スウィフトが伝えたかったこと

子供の頃、みなさんも親しんだであろう「ガリヴァー旅行記」。小人国で捕まったガリヴァーが、地面にはりつけられている絵を覚えている方も多いのではないでしょうか。
しかし、子供向けにアレンジされた絵本と違い、原典は、強烈な批判が記された風刺文学作品です。
「ガリヴァー旅行記」でスウィフトが投げかけた、社会の在り方や人間の在り方に対する批判は、発表から300年を経た現在でも色褪せていません。
ガリヴァーとともに、知の航海に出てみませんか。

以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。

気鋭の翻訳家・柴田元幸氏による朝日新聞の人気連載を書籍化。

「ガリヴァー旅行記」同様、著者自らが訪れた島で見聞きしたことを記した体裁で発表された大ヒット作品「ロビンソン・クルーソー漂流記」の作品背景はこちら。

【作品背景】28年2ヵ月19日「ロビンソン・クルーソー」(デフォー)
めげない男ロビンソン・クルーソーが無人島で過ごした期間は28年2ヵ月19日。冒険小説不滅の金字塔。

参考文献

「ガリヴァー旅行記」における日本 島高行
「ガリヴァー旅行記」を読む 北垣宗治
ガリヴァーの出自 橋沼克美
諷刺と語りの揺らぎ「ガリヴァー旅行記」再読 原田範行

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