数々の困難に見舞われながらもたくましく生きる農民たちの姿を、三世代にわたって描いた、中国育ちのアメリカ人女性作家による長編小説。ノーベル文学賞・ピューリッツァー賞受賞作。
みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「大地」(パール・バック)の作品背景をご紹介します。
あらすじ
中国安徽省に住む貧しい農民・王龍は、地主・黄家から借りた小さな土地を耕して生計を立てていた。黄家の奴隷で、決して美しくはないが働き者の妻・阿蘭を迎えてから、少しづつ暮らしぶりが好転していく。3人の子供にも恵まれたが、洪水による飢饉で、再び貧しい生活に。
「土地」にこそ価値を見出す王龍。それぞれの道を歩む3人の息子たち。長男・王大は地主に、次男・王二は商人に、三男・王虎は軍人に。新しい時代の中で世界に目を向ける王虎の息子・王淵。19世紀後半から20世紀初頭、激動の中国を舞台に、三世代にわたる王家の人々を描く長編大河小説。
一般的に、第一部「大地」(1931年)第二部「息子たち」(1932年)第三部「分裂せる家」(1935年)の三部作を合わせて「大地」(The House of Earth)と呼んでいます。
作品の詳細は新潮文庫のHPで。
パール・サイデンストリッカー・バック(賽珍珠)
1892年、アメリカ・ウェストバージニア州ヒルスボロで生まれました。宣教師であった父親の仕事の関係で、生後間もなく中国江蘇省・鎮江に移り住みました。中国名は賽珍珠(サィ・チンシュ)といい、バック自身、「生まれと祖先に関しては米国人だが、感情と感覚においては中国人だ」と語っていたそうです。
1911年、大学教育を受けるためにアメリカに帰国。卒業後、宣教師として中国に戻ります。
ヨーロッパ諸国の帝国主義や日本の台頭など、清朝末期から中華民国成立という激動の時期を中国で過ごすことになります。
1917年、南京大学の教師ジョン・ロッシング・バックと結婚。日本軍による南京事件が起きた際には、難を避けるため一時的に長崎県雲仙市に滞在しました。情勢が落ち着くと中国に戻り、本格的な執筆活動を開始します。
1931年、「大地(第一部)」がベストセラーとなり、ピューリッツァー賞(アメリカ国内のメディアで発表された卓越した新聞報道・文学活動・楽曲作曲に贈られる賞)を受賞します。第二部「息子たち」(1932年)を発表後、中国を離れてアメリカに戻り、その後、第三部「分裂せる家」(1935年)を発表。「大地」を完結させます。この作品は、中国語訳をはじめ世界30か国以上で翻訳されベストセラーになりました。そして離婚と再婚を経た1938年、アメリカ人女性初のノーベル文学賞を受賞しました。
晩年はアメリカ・バーモント州で過ごし、1973年に亡くなりました。80歳でした。
パール・バックの娘
第一部に登場する王龍の娘のうちひとりは知的障害者です。バックのひとり娘キャロルも知的障害者であり、キャロルの存在が作品に影響を与えたことは想像に難くありません。
執筆活動と並行して、孤児を養子に迎え養育したことをはじめ、2番目の夫とともに養子縁組斡旋機関を設立したり、再婚した3番目の夫とともに、第二次世界大戦禍によってアメリカ人男性とアジア人女性との間に生まれた混血孤児を救済するために、パールバック財団を設立するなど、恵まれない環境に置かれた子供たちに救いの手を差し伸べる活動に従事しました。
東西(アメリカとアジア)文化交流の推進
人種差別および性差別の撤廃
戦禍に巻き込まれた中国本土の中国人救済
核兵器反対
原爆後遺症に苦しむ日本人女性救済
障害児を持つ親の救済
など社会問題の解決に向けて多岐にわたる活動をおこないました。
彼女は「500年もしくは1000年後、人間は誰もが混血になるだろうと考える。私は現在の混血の人を『新しい人間(New People)』と呼ぶ」という言葉を残しています。
「いつまでも子どものまま」娘キャロル(知的障害児)との生活を綴った貴重な手記
「大地」の舞台となった中国の時代背景
作品の舞台となった時代は、太平天国の乱が起こる頃から辛亥革命の後くらいまでです。中国は政治的に大混乱している時期であり、また世界的に見れば、第1次世界大戦から第2次世界大戦へという激動の時代でした。(〇印はパール・バックに関わる出来事です)
中国の国家体制(清朝)
1840年 アヘン戦争 イギリスが香港島を割譲
1851年 太平天国の乱
1856年 アロー戦争(清vsイギリス・フランス連合軍)九龍を割譲
1892年 〇誕生~中国移住
1894年 日清戦争
1900年 義和団事変(秘密結社義和団による外国排斥運動)
1904年 日露戦争
1908年 宣統帝(愛新覚羅溥儀・清朝最後の皇帝・ラストエンペラー)即位
1911年~12年 辛亥革命(宣統帝が退位し清朝滅亡・君主制廃止~共和制国家・中華民国樹立)
中国の国家体制(中華民国)
1914年 第一次世界大戦勃発
1927年 南京事件
1928年 張作霖爆殺事件
1931年 〇「大地」発表
満州事変勃発
1932年 〇「大地」(第2部)発表
満州国成立
1934年 〇アメリカ帰国
1935年 〇「大地」(第3部)発表
1937年 盧溝橋事件が発生し日中戦争へ
1938年 〇ノーベル文学賞受賞
1941年 日本軍真珠湾を攻撃 太平洋戦争勃発
米中の橋渡し
中国の農民である王龍とその家族の物語を通してバックは、土地への執着や伝統的な生活、社会の変化に直面する庶民の姿をリアルに描き出しました。これによって、当時のアメリカをはじめとする西欧諸国に、中国の文化や農村の現実を伝えました。読者は中国に対する理解を深め、偏見を超えた異文化への関心が高まりました。当時のアメリカでは、中国に対するステレオタイプや人種差別が根強くありましたが、「大地」はこうした偏見を和らげ、中国人を親しみや共感をもって描写することで、米中関係の改善にも寄与しました。
一方、中国国内では、「大地」で描かれた異文化の視点に対する賛否が分かれました。中国の伝統的な価値観や貧困の描写は真実味を持つ一方、外国人作家の目を通して描かれたことで、特定の偏りがあると感じる人々もいました。しかし、国際的な文壇で中国の生活と文化を世界に紹介し、米中双方での理解と共感の橋渡し役担ったという評価は、妥当なものと言えるでしょう。
中国人の魂
王龍は、農民として土地を耕し、自然の恵みと試練の中を生き抜いていくことで、自分自身の成長と繁栄を築き上げます。彼にとって、土地は単なる資産ではなく、生きるための基盤であり、誇りそのものでした。しかし、富を手に入れたことによって、彼の価値観は変わり、欲望に駆られた行動が家族の不和を引き起こします。土地への執着が薄れ、物質的な豊かさが優先されるようになった時代を生きていく3人の息子たちは、王龍の思いとは別の道を歩んでいきます。
王家の人々の生涯を通じて、バックは、伝統的な価値観と自然との結びつきの重要性、そして、欲望や物質的な富が人間関係や道徳心をどのように変えていくのかを描いています。
激動の時代をたくましく生き抜いた王家三世代の男たちと、彼らを支える女たち。
両親や兄弟たちが眠る中国の大地を舞台に、中国人の魂を持ったアメリカ人・パール・バックが描く人間の生き様を感じてみませんか。
以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。
映画化作品
1937年 アメリカ作品
監督 シドニー・フランクリン
出演 王龍:ポール・ムニ 阿藍:ルイーゼ・ライナー
アカデミー賞受賞
主演女優賞:ルイーゼ・ライナー
撮影賞:カール・フロイント
参考文献
時代・世代・地理を超えた人間性~パール・バック「大地」から 池田玲子
社会運動家パール・バックとGHQ占領下から日中国交回復期の日本人 佐川陽子
アメリカの偉大な女性達~アグネススメドレーとパールバックの生誕百年によせて 坂本ひとみ
障害保健福祉研究情報システム
文学にみる障害者像―知的障害のある娘への親の眼差し―
ノーベル文学賞受賞、英語と中国語のバイリンガル作家 パール・バックのインタビュー動画! 代表作『大地』でピュリッツァー賞! 6人の孤児を自ら育てた!
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