貧しくても仲良く暮らす若い夫婦ジムとデラ。クリスマスプレゼントは何にしようかと考え始めるが。
みなさん、こんにちは。
今回は、意外な結末と温かな人間味で、短編小説の新たな可能性を引き出したO・ヘンリーの代表作「賢者の贈り物」の作品背景をご紹介します。
あらすじ
クリスマスが迫るニューヨーク。貧しい生活の中で、デラは愛する夫ジムにプレゼントを贈りたいと思うが、手元にあるお金はわずか1ドル87セント。お金を工面するため、デラは自慢の長髪を切って売ることにしたが。
作品の詳細は、新潮社のHPで。

新潮文庫からは「O・ヘンリー傑作選1~3」の3冊が発行されています。
「賢者の贈り物」が収録されているのは傑作選1です。
ウィリアム・シドニー・ポーター
O・ヘンリーはペンネームで、本名はウィリアム・シドニー・ポーター。
1862年、アメリカ・ノースカロライナで、医者の子として生まれました。幼くして母親を亡くし、教育熱心な叔母によって育てられました。また、叔父の経営する薬局を手伝い、薬剤師の資格を得ます。

パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.
20歳の頃、気管支を患い、療養のためテキサスに移住。知人の経営する牧場で暮らします。その後、土地管路局に勤め、1887年に結婚。この頃から、雑誌への投稿を始めます。銀行に転職し、昼間は働き、夜は作品執筆という生活を続けながら、「The Rolling Stone」という雑誌を立ち上げますが、うまくいきませんでした。
銀行を辞め、ヒューストンに移りますが、1896年、銀行勤務時に金を横領したと嫌疑をかけられ、起訴されてしまいます。そしてあろうことか、裁判所に向かう列車を途中下車し、家族を残して、ニューオーリンズに逃亡。さらには国境を越え、中米ホンジュラスにも滞在します。
1897年、妻危篤の知らせを受け帰国。裁判に出頭し、保釈金を支払って看病にあたりますが、残念ながら、妻は亡くなってしまいます。1898年、懲役5年の有罪判決を受け、オハイオ州立刑務所に収監されました。囚人が新聞や雑誌に投稿することは禁止されていたので、この頃から「O・ヘンリー」というペンネームを使い始めました。また、服役中は、薬剤師の資格を持っていたことが幸いし、刑務所内の診療所で働き、模範囚として減刑され、1901年に釈放されました。

釈放後、娘・義父母の住むピッツバーグで暮らしますが、翌年、単身ニューヨークへ移住。
20世紀初頭の時点で、ニューヨークは人口400万人をかかえる世界有数の大都市であり、前科者というレッテルを隠しやすく、また、作品の売り込みをしやすい環境だと判断したようです。
「ニューヨーク・ワールド」誌に、毎週1作品を掲載するという契約を結ぶことができ、ニューヨークに暮らす人々を題材に、多くの作品を世に送り出しました。
幼馴染との再婚を機に、ピッツバーグから娘を呼び寄せ、新しい生活をスタートさせますが、折りからの酒好きが災いし、肝硬変を発症。1910年、意識を失って倒れ、47歳の若さで生涯を閉じました。自室にはウィスキーの空きビンが何本も放置されていたと言われています。
東方の三賢者
タイトルの「賢者の贈り物」は、新約聖書「マタイによる福音書」に記されている、東方の三賢者が、生まれて間もないイエスに贈り物をしたエピソードから採られています。三人の賢者たちは、それぞれ下記の贈り物をしました。
メルキオールは「金」
ゴールド。王の象徴であり、ユダヤの王となることを意味する。
バルタザールは「乳香(にゅうこう)」
貴重な香料。神の象徴であり、神として崇められることを意味する。
カスパールは「没薬(もつやく)」
貴重な香料。ミイラの防腐剤として使われた。死の象徴であり、罪を背負って死ぬことを意味する。

この贈り物をした行為が、クリスマスプレゼントの起源と言われています。ちなみに、「賢者」はラテン語で「magi」。英語の「magic」の語源です。
三賢者のエピソードについては、ラビまるさんが、とてもおもしろく解説されています。興味のある方は是非ご覧ください。

多作の源
生まれ故郷ノースカロライナ、療養生活を送ったテキサス、逃亡先であるニューオーリンズやホンジュラス、収監されたオハイオ、義父母と過ごしたピッツバーグ、そして大都市ニューヨーク。
人々の生活や考え方が大きく異なる、様々な地域で過ごしたこと。逃亡中のホンジュラスで出会った犯罪者や、獄中で出会った様々な境遇の中を生き抜いてきた囚人たちとの交流。
彼の作品には、こうした要素がふんだんに盛り込まれています。
19世紀末から20世紀初頭のニューヨークは、急速な都市化と移民流入によって劇的に変化していく過程にありました。ヨーロッパから多くの移民がやって来て、街は多民族が密集する巨大な「坩堝」になり、新たな文化が生まれました。また、マンハッタン中心部では、資本主義の象徴ともいえる、摩天楼の建設が始まり、高層ビル群が街の風景を一新しました。ブロードウェイを中心とする娯楽産業が発展したのもこの頃です。
生涯で280編ほどの作品を遺したO・ヘンリー。初期の作品からは、アメリカ南部や西部、そして中米の雰囲気を色濃く感じます。しかし作品の多くを占めるのは、代表作のひとつとされる「最後の一葉」などの、ニューヨークを舞台にした作品です。活気あふれる当時のニューヨーク、そして、そこで暮らす人々の生活は、彼にモチベーションとインスピレーションを与え続けました。
みなさんは、どの作品がお気に入りですか?私は「水車のある教会」です。

物よりも心
O・ヘンリーは、短編小説における「意外な結末」と「温かな人間味」を融合させた、独自の作風によって、後世の文学と大衆文化に、影響を与えました。軽妙な語り口、街で暮らす人々を見つめる観察眼、そして最後に、読者をあっと言わせる巧みな構成。こうした要素を盛り込んだ彼の作品は、短編小説の魅力を高めました。また、彼の「温かな」結末は、読者に希望を感じさせるものでした。
物よりも心。無償の愛と自己犠牲。
貧しくても仲良く暮らす若い夫婦。お互いを大切に思う気持ち。そしてクリスマスがやってくる。
みなさん、この物語はハッピーエンドですよね?
以上、「賢者の贈り物」の作品背景紹介でした。ごきげんよう。
小河知夏さんによる語り劇「 賢者の贈り物 」が、鎌倉五山のひとつ浄智寺で、2022年12月24日(土)に開催されます。

先日、日経新聞に記事が掲載されていたのをご覧になった方もいらっしゃるかも。
ゴールの流儀・人生100年の羅針盤「作家オー・ヘンリーどん底の獄中で文章修業」

より深くO・ヘンリーについて知りたい方は、上記記事にコメントを寄せている斎藤昇氏による著作がおすすめです。



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