恋愛、政治、経済、宗教。文豪トルストイが全てを注ぎ込んだ代表作。
みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「アンナ・カレーニナ」(トルストイ)の作品背景をご紹介します。
あらすじ
1870年代ロシア。
高級官僚カレーニンの妻アンナは社交界の花形。夫と息子と不自由のない生活を送っていた。しかし青年士官ヴロンスキーとの出逢いが彼女の人生を変えていく。道ならぬ恋に落ちたふたりを待っていたのは。
領地の農業経営に熱心に取り組む地主貴族リョーヴィン。頑固で素朴で誠実な彼は、長年恋心を抱いていた意中の女性キチイにプロポーズするが。
都会と田舎を舞台に、アンナとリョービン、対照的なふたりの主人公が織りなす物語。
作品の詳細は新潮社のHPで
レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ
1828年、ロシア・トゥーラ州(モスクワの165km南)郊外のヤースナヤ・ポリャーナで生まれました。歴代の皇帝に仕えた伯爵の家柄で、裕福な家庭でした。しかし幼くして、母、父、祖母を相次いで亡くし、カザンに住む叔母に引き取られます。
カザン大学に進学するも、学問には打ち込まず、成績も良くなかったそうです。結局、大学は中退することになり、相続したヤースナヤ・ポリャーナの領地に戻ります。農地経営のかたわら、モスクワやペテルブルクといった都市でも生活しました。
その後、志願して軍に入隊。クリミア戦争(ロシアvsフランス・イギリス・オスマン帝国連合軍。ロシアが敗北。ナイチンゲールが活躍。)を体験します。この影響で、のちに非暴力主義者になりました。
軍にいる頃から執筆を始め、退役後は、ツルゲーネフ(「はつ恋」著者)と交流を持つようになります(後に絶交)。また、教育問題にも関心を持ち、ヨーロッパへ視察旅行にも出掛けています。自らの領地に学校を設立し、農民の子供たちにも学びの場を提供しました。
視察の際には、ヴィクトル・ユーゴー(「レ・ミゼラブル」著者)・チャールズ・ディケンズ(「大いなる遺産」著者)を訪問しました。
1862年16歳年下のソフィアと結婚し、その後は領地ヤースナヤ・ポリャーナの地主として、その地に定住します。
領主として、12人の子供の父親として、満ち足りた生活の中で、世界文学史上に残る傑作を、次々と執筆しました。
「アンナ・カレーニナ」執筆後は、腐敗した政府・社会・教会に対する批判を強め、思想家としての活動に力を注ぎます。
その一方で、自らの主張と贅沢な貴族生活との矛盾や、著作権や財産に関する妻との対立に悩んでいました。(金銭を巡る対立があったことで、妻ソフィアは、ソクラテスの妻・モーツァルトの妻とともに、「世界三大悪妻」といわれているそうです。)
1910年、82歳で家出。列車で移動中に体調を崩し、アスターポヴォ駅(現在はレフ・トルストイ駅)で下車。1週間後、駅長官舎で亡くなりました。
1万人を超える参列者が葬儀に訪れたといわれています。遺体は故郷ヤースナヤ・ポリャーナに埋葬されました。
トルストイの社会活動
作家として世界的な名声を得たトルストイですが、作家以外の活動も精力的におこないました。
教育
「初等教科書」を執筆。1875年発行の改訂版「新初等教科書」は、ロシア革命が起きるまで使用されました。
社会
民衆を圧迫する政治を批判。飢饉の際には救済運動を展開。
宗教
ロシア正教会が、国家権力と癒着して、キリスト教本来の教義から逸脱していると批判。
自身の行動
自然に根差した農民の生き方にひかれ、自身の生活を簡素に。農作業にも従事。印税や地代を拒否しようとして、家族と対立。
作風の変化
「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」といった大作を書き上げた後は、大衆にも分かりやすい民話風の作品「イワンのばか」、自らの道徳観をまとめた「人生論」を執筆。
政府や教会からの攻撃が強まる中、政府・教会への批判を込めた「復活」を執筆。政府からは出版の妨害を受け、ロシア正教会からは破門の宣告を受けてしまいました。(現在も破門の処分は取り消されていないとのこと)
「アンナ・カレーニナ」の登場人物
ロシア文学を読むときに、必ず立ちふさがる人名の壁。
なじみのないロシア名で、フルネーム、苗字だけ、名前だけ、さらにはニックネームと、場面によって呼び方がバラバラ。ただでさえ登場人物の多い作品なので、誰が誰だかわからなくなってしまいます。
主要な登場人物である、カレーニンとヴロンスキーの名前がともにアレクセイ。ヴロンスキーとオブロンスキー。
なので、作品の中核をなす登場人物を絞り込んで図にしてみました。
図に掲載されていない重要人物もいますが、とりあえず、このメンバーの関係をおさえておけば、ストーリーの全体感はつかめると思います。
この図を見ると、「アンナ・カレーニナ」は、ふたつの物語が組み合わさって成り立っていることがわかると思います。
ひとつは、作品タイトルになっている、アンナを巡る物語であり、もうひとつは、リョービンを巡る物語です。
そして、ふたつの物語をつなぐ役割を、オブロンスキー夫妻が担っています。
「アンナ・カレーニナ」の評価
1875年に雑誌連載が始まった当初から高い評価を得ました。
ドストエフスキーは、「芸術上の完璧であって、現代、ヨーロッパの文学中、なにひとつこれに比肩することのできないような作品である。」と称賛を送っています。
ロシア革命後のソ連時代においても共産党から公認され、レーニンは本が擦り切れるほど読んだといわれるほどの愛読者だったそうです。
また、様々な団体が選出するコンテストでも高い評価を得ています。
2002年「世界文学最高の100冊ノルウェー・ブック・クラブ」
(The Norwegian Book Clubs: The 100 Most Meaningful Books of All Time)
(世界54ヶ国の著名な作家100人の投票)
「アンナ・カレーニナ」のほか「戦争と平和」「イワン・イリッチの死」も選出
※日本人作家の作品は「山の音」(川端康成)と「源氏物語」(紫式部)が選出されています
2007年「作家が選ぶ愛読書トップテン」
(The Top Ten: Writers Pick Their Favorite Books)
(現代英米作家125人の投票)
世界文学史上ベストテン第1位「アンナ・カレーニナ」第3位「戦争と平和」
アンナとリョービン
アンナ、そしてもうひとりの主人公リョービン。この作品には、ふたりの生活がこと細かに描かれています。トルストイは、ふたりの思考や行動の中に、ふたりの周囲の人物や環境に、様々な要素を盛り込んでいきます。
不倫や結婚離婚制度を含めた恋愛、農奴解放によって混乱する政治、旧態然とした貴族制度の歪み、一足先に近代化を成し遂げた西欧諸国に対する焦り、目のあたりにした生と死に対する宗教観。
当時のロシア社会に起きていた出来事に対してとるべき態度を、トルストイ自身がこの作品を通して模索しているようにも思えます。
都会の社交界を舞台に、胸を締め付けられるような緊張感がみなぎるアンナのストーリー。地方の農村を舞台に、頑固さ素朴さ誠実さで少しづつゆっくりと積み上げられていくリョービンのストーリー。
「動と静」対照的なふたりですが、ふたりに共通する点があります。それは、自分を偽らないこと、自分の気持ちに誠実であることです。
アンナとリョービンが言葉を交わすのは、ただの1度だけ。そこから物語はエンディングに向って動き出していきます。
文豪が描く「人間の生き様」を心ゆくまで堪能してください。
以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。
巻末に掲載されている訳者・望月哲男氏の読書ガイドが秀逸です。
2023年2月24日から渋谷Bunkamuraシアターコクーンで上演されます(主演・宮沢りえ)
映画化作品
アンナ・カレーニナ
2012年、イギリス・アメリカ合作。
監督:ジョー・ライト 主演:キーラ・ナイトレイ
第85回アカデミー賞(2013年)で「衣装デザイン賞」( ジャクリーン・デュラン)を受賞したことからわかるように、アンナをはじめとする貴婦人たちの衣装が豪華絢爛。贅を尽くした上流階級の生活に魅せられます。
アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語
2017年、ロシア作品。
監督:カレン・シャフナザーロフ 主演:エリザベータ・ボヤルスカヤ
日露戦争勃発。アンナの息子セルゲイ・カレーニンは、戦地・満州で一人の男に出会う。その男の名はヴロンスキー。かつて母アンナの恋人だった男。ヴロンスキーの口から語られる母アンナの真実の姿。
終着駅~トルストイ最後の旅
2009年、ドイツ・ロシア・イギリス合作。
監督:マイケルホフマン 主演:ヘレン・ミレン
「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」など数多くの傑作を生み出した文豪トルストイ。作家としての名声を得、莫大な印税を手にする。家柄と才能に恵まれ成功した彼が、なぜ82歳で家出したのか。なぜ田舎の駅で命を落とすことになったのか。
作品に関する権利を、家族ではなく、ロシア国民に遺すという彼の考えは、妻ソフィヤとの関係を悪化させる。悪妻と名高いソフィヤであったが、彼女の心にあったのは、夫トルストイへの愛、そして家族への愛だった。
参考文献
『アンナ・カレーニナ』を訳して 望月哲男 スラブ研究センター
コメント