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【作品背景】夭逝した天才「肉体の悪魔」(ラディゲ)

フランス文学

20歳という若さで夭逝したにもかかわらず、20世紀フランス文学に鮮烈な印象を残した天才・ラディゲの処女作にして代表作。才人ジャン・コクトーに絶賛された「肉体の悪魔」の作品背景をご紹介します。

あらすじ

15歳の僕は、婚約者のいる歳上の女性マルトと恋に落ちた。やがて結婚したマルトの夫ジャックは、第一次世界大戦に出征。ジャック不在の間、マルトと僕は逢瀬を重ねたが・・・。

作品の詳細は新潮社のHPで。

『肉体の悪魔』 レイモン・ラディゲ、新庄嘉章/訳 | 新潮社
青年期の複雑な心理を、ロマンチシズムヘの耽溺を冷徹に拒否しつつ仮借なく解剖したラディゲ16─18歳のときの驚くべき作品。第一次大戦のさなか、戦争のため放縦と無力におちいった少年と人妻との恋愛悲劇を、ダイヤモンドのように硬

レーモン・ラディゲ

1903年、フランス・パリ郊外、サン=モール=デ=フォッセで生まれました。画家だった父親の影響もあり、幼い頃から、文学や芸術に親しみました。学業成績も優秀でしたが、14歳の頃、「肉体の悪魔」のモデルとされる歳上の女性と出会って夢中になり、学校を放校されてしまいます。その後、詩作を始め、15歳の頃、詩人のジャン・コクトーに出会います。

コクトーはラディゲの才能を見抜き、多くの芸術家や作家に紹介します。彼らとの交流を通じて、ラディゲは小説の執筆に取り組みます。1923年、自らの体験をもとにした処女長編小説「肉体の悪魔」を発表。歳上の人妻と恋に落ちる少年を主人公にした大胆な内容は、大きな話題を呼びました。

パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

その後、コクトーとともにヨーロッパ各地を巡りながら、次作『ドルジェル伯の舞踏会』の執筆に着手します。しかしチフスに感染。1923年12月、わずか20歳で亡くなりました。

ラディゲの死後、コクトーによって未完成の原稿が整理され、翌1924年、「ドルジェル伯の舞踏会」が発表されました。この遺作も、ラディゲの才能が遺憾なく発揮された作品として、高く評価されました。

肉体の悪魔

第一次世界大戦に出征中の夫がいる若き人妻と少年の恋愛悲劇。いち早くラディゲの才能を見抜いたコクトーの勧めもあり、自身の経験をベースにこの作品は生み出されました。

作品の完成度が高かったことはもちろんですが、当時文壇の寵児であったジャン・コクトー肝煎りの新人ということで、出版社は大々的にプロモーションを仕掛けたと言われています。
若い人妻と少年の不倫という内容が、非道徳的だと批判を浴びましたが、逆にその批判が評判を呼び、この作品はベストセラーになりました。

パブリック・ドメイン via ウィキメディア・コモンズ.

ちなみに原題の「Le diable au corps」を直訳すると「身体の中の悪魔」となり、主人公「僕」の身体の中に潜む「悪魔」的な感情を表現したタイトルだと思います。「肉体の悪魔」だと意味が不明確な感じがします。

ラディゲの死

コクトーは、ラディゲが遺した原稿をまとめ「ドルジェル伯の舞踏会」として発表した後、早すぎる死にショックを受け、薬物に溺れていきました。

堀口大學訳による「ドルジェル伯の舞踏会」が紹介された日本では、当時活躍していた多くの作家が影響を受けたと言われています。中でも、三島由紀夫は、ラディゲの死を看取るコクトーの姿を描いた作品「ラディゲの死」という短編小説を発表したほどです。

ラディゲの死によって、ぽっかり心に穴のあいてしまったコクトーの想いは、そのまま、三島の想いだったのかもしれません。

人生経験の長さと短さ

なぜ人生経験の短い少年に「肉体の悪魔」のような作品が書けたのか?に対するラディゲの回答を堀口大學が紹介しています。

経験というものを、それほど大切なものだと私は思わない。それにまた、私には経験はあるのだ。私の十七年間の経験がそれだ。世間の人達は、二十すぎてからの経験だけが経験であって、それ以前のものは経験ではないというのか? そんなことを云い出したら、きりがないではないか? 「おれは実人生に就いて、経験がある」と真に云い得る者は死者ばっかりだということになるのではあるまいか? ……欧州戦争が始った時、私は十二歳だった。その時、仏蘭西全国には壮年者は一人も居なかった。彼等の悉が出征していたからである。仏蘭西には 、老人と子供だけが残されていた。然るに老人共は役に立たない。戦線でも、それだから、子供達が、不在の壮年者大人達の代理をつとめたのであった。つまり私達は少年期の終りから一足とびに大人になったのである。

— ラディゲ「世評へのコメント」

堀口大學「翻訳者のよろこび」(堀口大學訳『ドルヂェル伯の舞踏会』白水社、1931年)

第一次世界大戦という未曽有の戦禍。大人たちは戦地に赴いていて不在。少年ラディゲの精神が急速に成熟し、しかも、本人がそれを自覚していたことがわかるエピソードですね。

早熟の天才

ラディゲの凄さは、もちろん作品の完成度の高さにありますが、その作品を書き上げたのが、まだ人生経験がわずかである10代であったことにもあると言えます。

実質的な執筆活動はおよそ4年。発表した長編作品も、今回採りあげた処女作「肉体の悪魔」と遺作「ドルジェル伯の舞踏会」の2作品のみ。しかし彼の作品は、若者特有の感受性と、大人のような成熟した筆致とが融合しています。愛、罪、そして死。人間の心の奥を冷静に見つめた「早熟の天才」ラディゲの凄みを味わってみてください。

以上、「肉体の悪魔」の作品背景紹介でした。ごきげんよう。

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