新潮文庫歴代売上ランキング5位。ノーベル文学賞受賞作家カミュによる不条理文学の代表作。
みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「異邦人」(カミュ)の作品背景をご紹介します。
あらすじ
青年ムルソーは、養老院で暮らしていた母が亡くなったことを知らされる。母の葬儀が済むと、ガールフレンドのマリイとともに、知人の別荘を訪れるが、そこで友人レイモンとアラブ人との諍いに巻き込まれ、アラブ人に向けて発砲してしまう。
作品の詳細は新潮文庫のHPで。
アルベール・カミュ
1913年、当時フランス領だったアルジェリアの北東部モンドヴィ(現ドレアン)で生まれました。カミュが生まれた翌年、父親は戦死し、母親の実家で、幼少期を過ごしました。祖母、叔父、母、兄との生活は貧しいものだったそうです。
経済的には高等教育を受けられるような状況ではなかったのですが、小学校の教諭ルイ=ジェルマンはカミュの才能を評価し、進学を勧めます。成績優秀だったカミュは、奨学金を受けることができ、高等中学校へ進学しました。カミュはルイ=ジェルマンから受けた恩を生涯忘れず、ノーベル賞受賞記念講演を出版した際には「ルイ=ジェルマン先生へ」との献辞を添えています。サッカーにも打ち込んだ学生時代でしたが、結核を発症し、以後この病気と付き合っていくことになります。
1932年、バカロレア(高等学校教育修了認証試験)に合格し、アルジェ大学文学部に入学します。在学中に学生結婚をしますが後に離婚。
1936年アルジェ大学を卒業。アルジェ大学付属の研究所で働き始め、やがて新聞記者としてキャリアを積みます。仕事のかたわら、「異邦人」の原型となった「幸福な死」を書き上げますが、納得のいく出来ではなかったため、出版はしませんでした。
第二次世界大戦が勃発すると兵役に志願しますが、持病があったため拒否されてしまいます。この頃、新聞社を転々としながら、不条理をテーマにした三部作「異邦人(小説)」「シーシュポスの神話(随筆)」「カリギュラ(戯曲)」を書き進めていきました。
1940年、ナチスドイツによってパリが占領されると、フランス国内を転々とし、リヨンで出会ったアルジェリア・オラン出身の女性と結婚します。彼女の実家オラン滞在中に不条理三部作を完成、さらにオランを舞台にした長編小説「ペスト」の執筆に着手します。1942年、結核の療養のためル・シャンボン・シュル・リニョン近郊の村パヌリエに居を移し、「異邦人」「シーシュポスの神話」を相次いで出版しました。1947年、小説「ペスト」を出版。幅広い読者層に支持され、作家としての地位を確たるものにしました。
1952年に出版した「反抗的人間」において暴力による革命を否定したことから、当時実存主義を提唱しヨーロッパを席巻していた哲学者サルトルから批判され、「カミュ=サルトル論争」と呼ばれる大論争に発展します。また、1954年に勃発したアルジェリア独立戦争(フランスの支配に対する独立戦争)に対して中立的な立場をとったことが批判を受けてしまいます。これらの主張により、カミュはフランスにおける立場を悪化させてしまいました。
1956年、ノーベル文学賞を受賞。その後は、プロヴァンス地方に移り住み、パリと行き来する生活を送ります。1960年、友人が運転する自動車でパリに向かう途中、事故に遭い、亡くなりました。46歳の若さでした。
ノーベル文学賞受賞
1956年、「この時代における人類の道義心に関する問題点を、明確な視点から誠実に照らし出した、彼の重要な文学的創作活動に対して」ノーベル文学賞が贈られました。
当時カミュは43歳であり、これは戦後最年少での受賞でした。ちなみに当時の最年少受賞者は「ジャングルブック」の著者ラドヤード・キップリングで41歳での受賞でした。
しかし、先述したアルジェリア戦争をめぐる主張や、サルトルとの論争の影響もあり、フランスにおいてこの受賞は評価されなかったそうです。
不条理
不条理という言葉は、合理的でないこと、非常識なこと、という意味で使われます。「異邦人」の他に、カフカの「変身」が、不条理文学の代表といえるでしょう。誰もが「こうするべきだ」「こうあるべきだ」と考える思想や行動を排除している様子です。
不条理は、「世界の意味を探求すること」と「世界に意味はない」というふたつの考え方が相容れないことから発生するとされています。この状態を解決する方法は3つあると、カミュは論じています。
1・自殺
人生を終わらすということ。
→カミュはこの方法が非現実的であるとしている。
2・盲信
理性をなくし、あるがままを受け入れる。
→カミュはこの方法を「哲学的自殺」と位置付けている。
3・受け入れる
不条理であることを認識しつつも受け入れる。
→カミュはこの方法を「反抗」と名付け推奨している。
ムルソーは、自分の考えや行動が「合理的ではなく非常識である」ことを認識していたと考えることができると思います。
太陽のせい
新潮文庫版「異邦人」裏表紙の作品紹介文は下記のように書かれています。
母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、映画をみて笑いころげ、友人の女出入りに関係して人を殺害し、動機について「太陽のせい」と答える。判決は死刑であったが、自分は幸福であると確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。
新潮文庫版「異邦人」
このブログでは批判的なことは書かないようにしていますが、この作品を読み終えた方は、この紹介文が、何かおかしいことに気づくと思います。
知らず知らずのうちにムルソーの理解者になってしまっている私たち読者の、不条理に対する怒り。ムルソーが物語最終盤に発する魂の叫び。
ムルソーと一緒に、彼の思考と行動をじっくりたどってみてください。
以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。
映像化作品
1967年 イタリア作品
監督:ルキノ・ヴィスコンティ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ アンナ・カリーナ
2010年 フランス作品
カミュの生涯を、彼を愛した女性の視点から描いた作品。
参考文献
アルベール・カミュにおける不条理について 「異邦人」を中心にして 松本陽正
ムルソーは異邦人か カミュの「異邦人」をめぐって 東浦弘樹
コレスポンデンス 友への手紙 米田知子
もうひとつの『異邦人』ムルソー再捜査(カメル・ダーウド)
カミュの「異邦人」をムルソーによって殺害されたアラブ人の弟の視点から描いた、もうひとつの異邦人。
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