名探偵シャーロック・ホームズを生み出したシリーズ第1弾。探偵小説の原点にして頂点。一風変わった青年ホームズが元軍医ワトスン博士と出会い、殺人事件の謎解きに挑む。
みなさん、こんにちは。めくろひょうです。
今回は、「緋色の研究」(コナン・ドイル)の作品背景をご紹介します。
あらすじ
アフガン戦争で負傷し、ロンドンに戻った軍医、ジョン・H・ワトスン。下宿先を探していると、友人からある男を紹介される。彼の名はシャーロック・ホームズ。奇異な言動をするホームズは、優れた観察眼と推理力を有した探偵として、警察では手に負えない難事件を解決する手腕を持った男だった。そしてふたりは、殺人事件が起きた屋敷に乗り込んでいく。ホームズとワトスンの出会いを描いた、記念すべき、シャーロック・ホームズ・シリーズ第1作。
※本作は2部構成になっています。第2部は、犯人が殺人に至る経緯(時系列的には事件が起こる前)を描いた内容になっていて、ホームズやワトスンは登場しません)
アーサー・コナン・ドイル
1859年、スコットランドのエジンバラで生まれました。祖父や伯父たちは芸術家として成功しましたが、父親は測量士補で出世することもなく、またアルコール依存症だったため、子供の頃の生活は苦しいものでした。
裕福な伯父たちの支援で、1876年にエジンバラ大学医学部に進学しました。そこでジョセフ・ベル博士と出会います。博士は、鋭い観察力と論理的思考を活かして患者を診断する技術を持っていました。その技術が、後にホームズのキャラクター設定の基礎になりました。
大学卒業後、船医を経験した後、ポーツマスで診察所を開業しました。しかし近隣に医師が多い土地柄だったため、繫盛はしませんでした。そのため、暇な時間を利用して小説を執筆するようになります。雑誌に短編小説を投稿し小遣いを稼いでいましたが、1885年の結婚を機に長編小説の執筆を始めます。そうして書き上げた『緋色の研究』が1887年雑誌に掲載されましたが、大きな反響を得ることはありませんでした。その後、歴史を題材にした作品や、ホームズ・シリーズの2作目となる『四つの署名』などを発表し、小説家としての名声を高めていきます。医師としての仕事を辞め、本格的に小説家としての活動を始めたドイルは、ホームズ・シリーズの短編を雑誌に掲載し、爆発的な人気を得ました。
その後は、ボーア戦争の医療奉仕団に参加して戦地に赴いたり、自由統一党の候補として選挙に出馬したりするなど、政治活動に関わりました。ボーア戦争におけるイギリス軍の残虐行為に対し批判が高まると、イギリス軍の名誉挽回に尽力し、その功績によって国王エドワード7世よりナイトに叙され「サー」の称号を得ました。
ホームズシリーズの作品を発表しながら、チャレンジャー教授が活躍するSF小説『失われた世界』なども手掛けました。
第一次世界大戦が勃発し知人が戦死する様子を見ると、心霊主義(スピリチュアリズム、人は肉体と魂から成り立っていて、肉体が消滅しても魂は存在し、現世の人間が死者の霊と交信できると考える思想)に傾倒し、宗教的な作品を発表しました。
1930年、晩年に患った心臓病で亡くなりました。
19世紀後半イギリスの社会情勢
ホームズが活躍する19世紀後半のイギリスは、産業革命の影響で社会が大きく変わっていく時代でした。ロンドンの都市化が急速に進み、犯罪も増加しました。ドイルは、この社会情勢を作品に取り入れ、ホームズが直面する犯罪や謎解きを、リアリティのあるものとして描き出しました。本作では、殺人事件の背景にアメリカにおける宗教的対立という要素を盛り込んでいて、国際的な社会問題にも目を向けています。
後世に与えた影響
本作は、後世の探偵小説や推理小説に多大な影響を与えました。その中からいくつかのポイントをあげておきます。
シリーズの確立
推理小説の元祖と言われる、エドガー・アラン・ポーによる短編小説「モルグ街の殺人」などが既に発表されていましたが、ドイルはホームズという圧倒的な存在感を放つ人物を主人公に据え、多くの長短編作品を「シリーズもの」のフォーマットとして確立しました。この形式は、後の探偵小説や推理小説に影響を与えました。アガサ・クリスティのポアロや、レイモンド・チャンドラーのマーロウなどは、みなさんにお馴染みの名探偵でしょう。
科学的アプローチと論理的推理
ホームズが披露した、科学的アプローチによる観察・化学分析・心理分析や、論理的推理に基づく捜査手法は、新しい探偵像を確立しました。それまでの探偵は、直感や経験に頼ることが多かったのに対し、ホームズは冷静な観察と理論を武器に謎を解いていきます。これは、ドイルが医師としての知識を持っていたことが寄与しています。この手法は、現代の法医学や科学捜査を扱った作品に影響を与えました。人気テレビドラマ「CSI: 科学捜査班」など、犯罪解決の過程において科学的根拠や論理的推理を活用している点で、本作の影響を受けていると言えるでしょう。
相棒との関係
ホームズの相棒であるワトスン博士は、ホームズの推理の過程を読者に伝える語り手という役割を担うとともに、ホームズの鋭い知性を際立たせるための「普通の人」の視点を提供しています。この「探偵と相棒」の関係は、物語の深みとキャラクターの魅力を引き出す手法として頻繁に使用されています。
語り手(読者)視点
ワトスンという語り手の視点から語られるスタイルによって、読者も彼とともに事件の推理過程を追体験することができます。この視点によって、読者も事件に巻き込まれ、謎解きのプロセスを一緒に楽しむ仕掛けとして作用しています。読者に推理の楽しさを提供する手法として革新的でした。
A Study in Scarlet
本作の原題は『A Study in Scarlet』です。「Scarlet」は、作中でホームズが語る「緋色の糸」から取られています。この「緋色」は犯罪を象徴していて、犯罪において複雑な人間関係が「糸」のように絡み合っている様子を表しています。また「研究」と訳されている「Study」ですが「習作」と訳すこともあるようです。「習作」とは練習のために作ることを意味します。「犯罪を紐解くための練習」といった感じでしょうか。
「ビートンのクリスマス年鑑」
出典:wikipedia
科学的アプローチや論理的手法に基づく推理、探偵と相棒のコンビ、探偵のキャラクター、そして物語の語り手など、探偵小説の原点として、後世の作品に影響を与えた『緋色の研究』。探偵小説に留まらず、当時の社会問題や人間の本質に迫る深いテーマを含んでいます。発表から130年以上経ても色褪せない魅力を味わってください。
以上、めくろひょうでした。ごきげんよう。
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